【神々の黄昏】トップページへ
おすすめファンタジー本

『ゲイルズバーグの春を愛す』
 [ジャック・フィニイ著/ハヤカワ文庫]

 剣と魔法の殺伐としたファンタジーに飽きたら、ぜひご一読あれ。ジャック・フィニィの織りなす優しい不思議な世界にきっと虜になるだろう。
 日常の中に潜むちょっとした「不思議」を扱うことにかけては天才的なフィニィの、表題作「ゲイルズバーグの春を愛す」ほか短編が詰まった短編集。彼の作品の魅力は、やはりなんといっても<時間超越>といえるのではないだろうか(これ以上はネタバレなので割愛)。時間超越といっても、よくある突拍子のないSFもどきのタイムスリップではなく、古き良き時代の叙情味あふれたすてきな物語ばかりなので(もしかしたらSFの類に入るのかも知れないが)、懐かしさや優しさに心が詰まること請け合い。個人的には「愛の手紙」という短編がとても気に入っている。夜寝る前に読めば幸せな夢が見られるかも。

bk1でこの本を検索

『裁きの門』
 [マーセデス・ラッキー著/創元推理文庫]

 あのアン・マキャフリィと、「歌う船」シリーズの『旅立つ船』を共作したマーセデス・ラッキーの王道ファンタジー『女神の誓い』の続編。『女神の誓い』もキライじゃないのだが、私としてはより殺伐とした感じのこちらのほうが好みだったりする。
 一族を皆殺しにされ、自らも陵辱された女剣士タルマは、仇を討つために女神に誓いをたて、女であることを捨てて旅に出る。その途中、<もとめ>と呼ばれる女性の危機にしか反応しない不思議な剣を持つ女魔法使いの少女ケスリーと出会い、ふたりはさまざまな試練を経て復讐を成就する。それが前作『女神の誓い』のあらすじだ。この女魔法使いケスリーも実は暗い過去を持つ少女で、この物語はさまざまな理由で虐げられている女性が描かれている。フェミニズムと言うと怒られてしまいそうだが、ラッキーならではの持ち味ではないだろうか。女性の友情をしっかりと描いた力作だと思う。
 ただし、それが弱みになっているような気もした。復讐を誓うと言っても前作では、女性の敵を懲らしめるといった具合で、血なまぐさい殺し合いはなく、それが歯がゆい気もする(別に殺し合いを推奨しているわけではないのだが)。ところが、この『裁きの門』はずっとハードに仕上がっている。
 タルマとケスリーのコンビは、この頃になるとあちこちで話題の人となっていた。ふたりは魔法学校と剣の学校の設立資金をためるため、誉れ高き傭兵部隊<太陽の鷹>の女隊長アイドゥラの要請を受け、傭兵稼業に身を置くことに。アイドゥラはレスウェラン国時期国王の姉であったが、不穏な弟の動きに覚悟を決め、密かに城に戻る。しかし、一ヶ月以上経ってもアイドゥラから連絡がないことを不審に思った<太陽の鷹>の面々とタルマらは……。
 女神を通じた神秘的な力の継承やマジックアイテムなど、王道ファンタジーにふさわしい設定を持ちながら、女性らしい繊細な心理描写や戦闘シーン、政治的駆け引きの描写力など、数多くのおいしいポイントを楽しめる。興味がある方はぜひ『女神の誓い』と続けてお読みになることをおすすめする。

bk1でこの本を検索

おすすめSF本

『竜の戦士』(パーンの竜騎士1)
 [アン・マキャフリイ著/ハヤカワ文庫]

 アン・マキャフリィといえばこの「パーンの竜騎士シリーズ」と「歌う船」シリーズだろう。「歌う船」も好きなのだが、ドラゴン・フリークの私としてはこちらの竜騎士シリーズを強く推奨する。
 私は竜が出てくることかられっきとしたファンタジーだと思っていたのだが、マキャフリィの他の作品やイントロダクションを読むと、これはマキャフリィお得意のSFであることが分かる。地球の伝説上の巨大生物に姿が似ていることから「竜」と呼ばれる知的生命と、精神的な深いつながりを持ち、彼らにまたがって大空を飛翔する「竜騎士」と呼ばれる人間たちの活躍を描くSFではあるが、ある種ファンタジーにも通じる世界観がすてきな作品だ。
 ルアサ城砦の正統なる後継者である少女レサは、自分の家族を殺して城砦を乗っ取った太守ファックスに復讐するため、小汚い身なりの下働き女に身をやつしてその機会をうかがっていた。彼女には生まれつき不思議な能力があり、見張り竜と心を通わせたり人の心を操ることができたおかげで、ファックスの虐殺から逃れることができたのだった。そこへ、ベンデン大巌洞の竜騎士フ=ラルがやってくる。彼はベンデン大巌洞で生まれた黄金の女王竜の卵と感合できる少女を捜し回っていたところだった。フ=ラルのおかげで復讐を果たし、女王竜の候補生としてベンデンへ旅立つことになったレサが、後に伝説的な女王竜の竜騎士となる決定的なエピソードが盛り込まれた作品である。私はこのエピソードがシリーズの中でももっとも気に入っている。
 この物語のいちばんの見どころは、竜と人間が感合する「感合の儀」の一幕だろう。竜と竜騎士はある種のテレパシーのようなもので深く精神的につながっており、それは竜が卵から孵化するその瞬間に、竜自身がその乗り手を選ぶのだという。勝ち気な少女レサが見事に黄金の女王竜ラモスと感合するその場面では、思わず涙してしまう。この結びつきはたいへん強いもので、竜とつながる人間も少なからず竜の生態に影響を受ける。竜がおなかがすいていれば竜騎士も激しい飢えを感じ、繁殖のために女王竜が飛翔する「交合飛翔」の際には、もちろん竜騎士たちも欲情するといった具合だ。
 マキャフリィの作品に徹底されていることがある。それは「パートナーの結びつき」だ。「パーンの竜騎士シリーズ」では竜と人間のパートナーシップ、そして彼らを見守る人々の結びつきを見事に描いている。竜騎士を失った竜が自ら命を絶ったり、竜を失った竜騎士が自暴自棄になってしまう(時には命を絶つこともある)ほどの強い結びつきには、熱いものがこみ上げてくると同時に、こういうパートナーに自分が飢えているのだということを認識させられる。
 このシリーズはたいへん長く、外伝も含めるとおよそ20数年もの歳月の間に発表されている。物語もレサから息子たちへと世代交代が行われており、しかもいよいよ千年前の人類の入植時代の謎が解き明かされてきたところだ。竜騎士たちの生活だけでなく、城砦のふつうの人々の生活を描いたものや外伝のハードSFの世界観など、ぜひシリーズすべてを読んでこの物語のすばらしさを堪能してほしい。

bk1でこの本を検索

『アルジャーノンに花束を』
 (ダニエル・キイス著/早川書房)

 ダニエル・キイスの名作中の名作で、もはやいわずとしれた著名な作品ではあるが、私の中では「愛読書」といっていいほど深い感銘を与えたものなので、あえてここで列記させていただいた。
 32歳になる主人公のチャーリィは、いわゆる精神薄弱者であった。そのために働き先のパン屋の連中からもよくからかわれていたが、あるとき、脳外科の研究実験第一号として手術を受けることとなった。早い話が彼を「超天才」にしてしまうというものだった。
 彼の日記のような視点で描かれたこの作品は、いきなり最初、誤字ばかりのひらがなでとても読みにくく、驚かされる。しかし、手術後どんどん知識を吸収していく彼の様子が、文体の変化で分かるのがとてもすばらしい。彼が何を思ったのか、何を思い出したのか、どうしてそういうことをしたのかが克明に描かれており、単なるSFではなく、人間の内面を描いた見事な作品に仕上がっているのは言うまでもない。
 天才になったからといって、チャーリィの身に起こるのは幸せなことばかりではない。むしろ人並み以上の知能を持つことになったおかげで、知らなくてもいいことまで知ってしまい苦悩することになるわけだ。その葛藤や苦悩が、とても心に痛い。いままで「バカ」だということでかわいがってくれた(チャーリィにはそう思えた)パン屋の人々が、実は彼を小馬鹿にしていたこと、彼が天才になってしまったことで離れて行ってしまったこと、ほとんど覚えてもいなかった母親の記憶、それらを読んでいると弱者に対する人間の優越感のようなものが感じられて、胸が苦しくなってくる。
 ちなみに、表題のアルジャーノンとは、チャーリィが受けた脳外科手術を先に受けたハツカネズミの名前。なぜこの表題となったかは最後の最後で明かされることになるのだが、そこに至るまでに何度となく号泣することは間違いない。読んでいて鬱になる、という人も中にはいるのだが、荒んだ心にとてもいい涙を与えてくれる作品だと私は思う。何度読み返しても、同じ場所で涙を流させてくれる作品。ぜひあなたの愛読書のひとつに加えていただきたいと思う。

bk1でこの本を検索


【黄昏の書庫】トップへ
【神々の黄昏】トップページへ
(c) Studio Mercury, You-zo Hiwatashi
webmaster@studio-mercury.org