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フリートーク > 2001年2月28日バックナンバー

ファンタジーにふさわしくない表現

 樋渡@もう腹が減って死にそうなのにご飯も食べられないくらいふらふら(長いよ)、です。
 あんまり脳味噌が働いていないので、気付薬にzeroさんのサイトの今日付けの日記「自分カテゴリ」を拝読しましたわ。いい感じ(笑)になっているzeroさんを見て、樋渡は無性に飲みたいです。でもまだ会社ー。あと少ししたらメシ行くけど、今日はずっと外出だったのでふらふらよん。<あまり本題に関係ない話はやめましょう

 「ファンタジーの雰囲気をそこなう」表現方法について、zeroさんのお考えが書かれていたのですが、そうそうそう、と百回くらい頷いたんですわ。どういうことかというと、具体的には、たとえばファンタジーにおけるカタカナ表記の違和感とか、単位とか、さまざまなものの表現の仕方が、ファンタジーというカテゴリーにはふさわしくないのではないかという意見についての反駁とでも申しましょうか。
 作者がものを書くときに意図的にやっていること、ってのはたくさんありますよね。で、そこをつっこまれて「アイタタタ」ってのはけっこうあるもんです(^^;)。おいらはけっこうそれでドツボにハマるタイプ。
 あからさまに既出の記述と矛盾していたりするのはアレですが(アレってなんだよ)、意図的にやっている部分に関して「なんでよー、どーしてそーなのよー、おかしいじゃんよー」と聞かれても、それはネタバレになるから説明できないんじゃよ、わざとやってるんじゃよ、ああ、叫びたい、でも叫べない(笑)ってなかんじもありますね。なんか井戸端での拙作に対する分析を含めて、zeroさんにはめちゃめちゃ見透かされている気がする(^ ^;;

 以前「井戸端」に書いたことがあったんですけどね、やはり自分たちがいま生きている時代のある程度の常識とか、そのあたりは忠実に守っていきたいんですよね、私は。現代人にもわかりやすくっていうのかな、だから不釣り合いだと思われていても、適切な言葉が見つからないためにあえていまの社会でしか通用しないようなカタカナ言葉を使うわけですし、設定もきわめて現実の世界に似通っている。ほかの人がうまく常識を破ってくださっているので、私は現代の価値観に近いものを持ってその世界を描きたい。ついでにzeroさんがおっしゃっているように、「ファンタジーは作者の理想とする幻想である」ことを前提とすれば、「俺ジャンル」な作風でもいいかなと思うわけよ。
 そんなことを考えると、

(1)やっぱ距離はキロメートルでしょ。マイルの距離感は日本人には理解できないし(でも実は冒頭で一カ所だけ使ってしまったところがあるのです。これはあとで修正する予定)。でもその世界だけで通用する新しい単位が不自然でなければ(なんとなく読んでいる人にも理解できるものなら)どんどん使ってもいいと思います。志麻ケイイチさんの汎神族で使われている「メンツル」って距離の単位は好きですよ。「メートル」を彷彿させるし、わざとやってらっしゃる感じがする。

(2)ああ、ごめん、zeroさん、紙コップ、わざとDEATH(死んでどうする)。だって、わかりやすいじゃん。簡易な紙でできた容器って、我々の時代じゃなくても、「神々の黄昏」の時代でも考えついたと思うんだよね。というか、そういう「簡易な」すぐに捨てられる容器って、紙以外にあります? あると思うけど、あの世界は我々の住んでいる世界のもっとずっと(以下自主規制)。

(3)わざとわかりにくい世界観にするってのもおいらの取った方策でもあるんですよね。例えば、セテが普段着はTシャツとGパンってファンタジーにおいてはどうよ、工場地帯があるってどうよ、みたいな。いやね、それもいまは触れていないんだけど、追々世界観に触れていくなかで明かされるんですけど、要はいま我々が住んでいる世界の(以下自主規制)。

(4)権力を持つ、実体のある組織がかかせないと思うんですね、もし「世界を救う」とはいったすごい命題があるのなら。例えば我々の世界には(法的権力はないにしろ)国際連合みたいな組織もあるわけですし、もっと身近な単位でいうと「企業・会社・運命共同体」がありますよね。勇者ひとりが世界を救うみたいな図式は、ふつうに考えても想像に難いわけですよ。どうしてこの世界にこういう組織があるかという説明をするよりもむしろ、私は主人公(勇者?)が直面する組織の問題を描きたいわけです。このあたり、zeroさんの「カルテット」に登場する「神殿」という組織(?)の描写、それから早丁良案さんの「東方紀行」に出てくる隠密行動みたいなのが、すごくいいですね。人間が行動するのに、単独でなにかを成し遂げるというのは、聖人でなければ無理です。そういうのを描くのに、細かい背景の説明はなくてもいいけど、そういう現実的な組織とのからみがあってほしいなと思うんですね。ほら、会社で働いていて、自分の力だけではどうにもならないことってあるじゃないですか(^ ^;;

(5)やっぱり、平気で人を殺すような人間を正統派として描きたくない。それから、あからさまな差別用語を口にするのもいや。成長する過程として言うのなら許せるけどね。そういう、私たちの世界で「最低」と思われているような行動だけは、自分の描く主人公にはさせたくないですね。ただし、過ってそうしてしまい、苦悩に陥り、どう克服するかという過程を描くのであれば、その類ではありません。

 つまりーーー。樋渡の考えている世界観というのは、現実に我々が生きている世界の価値観とほぼ同じだと思っていただきたいです。西洋風ファンタジーを描くに当たって、我々日本人には「文化の違い」という大きなハンデがあります。あっしらは海外の翻訳済みファンタジー小説を読んでも、その微妙なニュアンスとかどうあがいても理解できませんよね。しかし、身近なエッセンスを取り入れることで、我々日本人に親しみやすいイメージを作り出せるんじゃないかなと思う。
 「神々の黄昏」の世界は……実は我々の世界の延長線上にあります(ネタバレです)。だからあえて、我々の世界にとても近い価値観、表現をしているといっても過言ではありません。私は自分の描いた作品に「サイエンス・ファンタジー」というジャンル名をあえてつけましたが、はっきりいえば、「神々の黄昏」はれっきとしたSFです。でも、どこか科学的でない、幻想的な部分を含ませています。それは、作品をおもしろくするための味付けであって、例えば「神々の黄昏」が現実社会を題材にしたものであってもかまわないと私は思っています。なぜそうしたかなんて、SFやファンタジーのほうが、「こうしたい、ああしたい、こうあってほしい」ってのが自由に描けるからだし。SFだろうがなんだろうが、私の描いた世界観に共感してくれる人々に、私の描いた「俺ジャンル」をもっともらしく語って聞かせたい。だって「神々の黄昏」は私のファンタジーなんだもん。だってこれは私の作り出した世界だから好き勝手に描いていいんだもん。