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フリートーク > 2003年4月24日バックナンバー

潰えた夢・思い出・別の人生

 あることがきっかけで、自分の人生を振り返ることがたまにある。まぁ人生といってもまだまだ若輩の私、たかだか人間30年余生きたからなんだっつーのもあるけど。
 いまさら、それに自分で言うのもなんだけど、自分はこれまでの人生、比較的幸せだったのだと思う。恵まれた家庭環境というわけではなかったけれども、ふつうにメシが食えたし、いじめにも遭わなかったし、かといって人をいじめたこともなかったし、大きな事故に巻き込まれたこともないし、一年入院!?とまで言われていたところひと月で退院できたし、いろいろ失敗もしたけどそれなりに楽しんでやってきたのかなーなんて思う。
 そんなふうに昔のことを思い出してみると、その時代に叶えた夢、潰えた夢、そんなことまでが思い出されてきて、ちょいとおセンチに自分語りしてみたくなったり。

 小学生くらいのときの夢は、漫画家だった。ちょっと人より絵がうまいからいい気になってたもんだが、その実、自分は書きつづけることがとても苦手だった。細かく書き込む、というのも忍耐力がないためにできなかったので、むいていないと思った。その証拠に、中学生、高校生になっても美術の教科はいつも5段階中で2とか3とかだった。

 中学生のときには、自分は役者になりたいと思った。小学校の高学年から演劇を始めて、舞台に立つというのがどんなにすばらしいかを知ってしまったら、もうやみつきだった。高校受験のときには、担任の教師が演劇科のある私立の学校を推薦してくれていたのだが、家庭の事情で私立高校などに通えるわけもなく、あえなく断念。ただ、そのときまでは自分は絶対に将来役者になるしかないのだと思ったし、演劇科ではなくても芝居はできるから、また、自分にはまだまだ時間があると思ってそれほどあせらなかった。
 ところが、高校に入ってから新しい道が目の前に開けて、演劇のことはすっかりどっかに行ってしまった。これが、音楽とバトントワリング。

 小学校高学年くらいから洋楽をはじめ、かなりその年齢にしてはマニアックな曲を聴いてきたけど、中学に入ったことにはずーっと「バンドやりたいな〜」なんて思っていた。
 ちょうど私の世代ではYMOをリアルタイムで経てきたし、シンセサイザーも(YAMAHAの往年の名機DX7の登場で)アナログからようやくデジタルへと変化し、音楽シーンもずいぶん変わってきていた。私はピアノもエレクトーンも習ったことはなく、妹がエレクトーンを習っていた関係で独学で弾けるようにはなっていたので、もしバンドを組むならシンセ買って絶対キーボード!なんて思ってたところ。中学を卒業してすぐに始めたバイトで鬼のように稼いで、初めて自分の金で買ったデカい買い物がDX7だった。
 運良く同じクラスの野郎どもがバンドをやろうという話をしていたときに出くわし、たまたま私がDX7を持っているんだと話をしたら、即効バンドの面子に加えられることに。これが音楽との最初の出会い。
 ただ実際には、ボーカルの予定だった奴がギターをやりたいと言い出したため、キーボードを断念して急遽ボーカルをやらされることになったのだが、思えばそれが転機のひとつだったんだなと思う。
 演劇と同じで、ボーカルは楽しかった。確かにギターやドラムなど、技巧派にとってはそっちが魅力かもしれないけれども、肉体の声だけを使って表現するボーカルはすばらしくて病み付きになる。フロントに立つ喜びってのは、芝居やボーカルをやったことのある人のみが分かるもんだと思う。

 もうひとつのバトントワリングは、私に「ダンスって楽しい」ってのを教えてくれた。バトントワラーの出番は、私のいた高校では高校野球の応援でしかなかったけれども、人前で披露するってことに喜びを見出すのは、やっぱり芝居とおんなじ。
 ディズニーランドのダンサーってのはものすごく競争率が激しいことでも有名だったが、ダンスのとてもうまい、とてもスタイルのいい子がいて、何度もディズニーランドのオーディションに落ちていたのをそばで見ていたんだけど、ディズニーとはいわないまでもダンス関係の職につくのも悪くないかもな、なんて高望みをしたりして。

 バンドをやるために軽音楽部、バトンをやるために応援部に入って、私の高校時代は部活とバイトと飲み会、こればっかりだったなぁ(笑)。元来私はエンタメ系のお祭り大好き人間なのだ(笑)。ご存知のとおり。

 大学に入ってから、やっぱりバンドを続けるために軽音楽部に入部(部活とサークルの違いは、部室があることと予算がおりること。この点で部は非常にメリットが大きい)。高校のころに一緒にやってたバンドのギタリストと学外でバンドを続けながら、軽音楽部内でいろんな先輩や同期や後輩たちと、本当にいろんな音楽に触れた。もちろんこのころには、私は音楽で飯を食いたいと本気で思っていた。
 ただやっぱりこのときの私は、プロになることばかりを最優先していて融通の利かなかった奴だったと思う。音楽性の不一致で、外で組んでいたバンド連中と別れるというショッキングなできごとがあった。今思えば、技術的にも性格的にも「私と組めるのはこいつしかいない!」と思ったやつを手放すことになったのは、後にも先にも手痛い失敗だった。そのギタリストはプライベートでも(別に男と女としてつきあっていたわけではないが)性別を超えたいい友人・戦友だったので、
 もしかしてここで人生間違えてたのかもしれない(笑)。それが大学二年のころ。

 そんなのを経ると、「プロになる」ということよりも「自分が音楽を楽しむ」ということを意識するようになって、私の音楽スタンス、ボーカルスタイルもずいぶん変わった。
 これまで専門的にやっていたのがハードロック系だが、歌うジャンルも変わってきた。これまで、とにかく「うまく歌うこと」しか考えず、自分の失敗も人の失敗も許せない、融通のきかない完璧主義者のボーカリストから、自分が楽しんで人を楽しませる、おちゃらけボーカリストになろうとしたんだと思う。
 大学を卒業して社会人になってからも、前の会社に入社する直前くらいまで(7年くらい前?)は、仕事のかたわらいろんな知り合いと関わっていろんなライブを続けた。ホーンやコーラス、サックス、パーカスなんぞを入れてビッグバンドを組んだこともあったし、女の子ばっかりでおちゃらけたMCばかりの色モノバンドもやったし(でもやってる曲は大まじめ)、昔のハードロックからガールズ系、パンク、プログレ、ブルース、ジャズ、アニソン、いろいろやったなぁ……。
 音楽をやって楽しかったと本当に思えたのはこの時期かな。もうオリジナルの曲を作ってプロになるとかそんなことよりも、誰もが知ってる、聞いたことのある曲を、自分が楽しんで歌えば聴く人も楽しんでくれるもんだと分かってきて、別にプロにならなくてもいいや、趣味で楽しくやってるほうがいい、なんて思い始めるようになった。そこで私の大きな夢がまたひとつ潰えた。
 エンターテイメントってのは自分が楽しく、人を楽しませることってのが分かってる人じゃないとだめなんだなと思う。それがわかっていても、仕事としてきちんとできるかどうかは別問題。私は仕事としてやるのは無理だなと思ったので(でも少しだけ金もらって歌を歌った期間はあったのだ(笑))、すっぱりあきらめられたし、後腐れなくあきらめられた。ただ、機会があればまたバンドをやりたいなとはいまでも思ってるけど。

 このほかに潰えた小さな夢がたくさんある。エンタメ系ではなくお堅いもののうちの代表格が、「国連事務員」(笑)。<ここはかなり笑うシーンだ
 国連難民高等弁務官事務所で働きたいと本気で思った時期があって、まずは外務省に入り、そこから国連にいくのが近道だとゼミの教授に言われたものの、三流大学在学中の私にとっては「まずは外務省」なんてものこそが夢のまた夢。一度ゼミの先生の紹介で外務省に入りたい学生と現役の外務次官らとの懇親会があったので、顔を立てるために出席したことがあったんだけど、生理的にだめ。ああいうブルジョワな人たちとはやってけないと思ったよ(笑)。それ以前に、試験なんぞやる気も起きなかったけど(;´Д`)<ってか、うかんないんだから遠吼えはやめとけって。

 そんな人生を振り返って、私は前述の夢のどれもかなえられなかったダメ人間だとは思わない。現在は、あのころの私には考えもしなかった職業についていて、まぁ人並くらいには仕事をしているわけだし。別の人生ってのがあってよかったなと、いろんなことに夢中になれてよかったなと思う。
 いまは小説も書いてるけど、プロ志向でやるつもりはなくて「趣味でとどめたい」と言ってるのはそういう理由だったりする。だって、仕事で文章書くのって、けっこうきついよ?(笑)<負け犬


 でまぁ、なんで珍しくこんなに自分語りをしているのかというとですな。
 異動になるんだわ、私。
 制作畑から営業へ。
 これまでの人生で、経験したことのない職種に変わる可能性が大なので、ちょっとおセンチになってみたり。いや、おセンチっていうよりは、ちょいと不安ってのが正直なところかな。
 いろいろ仮想敵(笑)の封じ込め政策などで砕身しつつ、行き着いたのが「組織体制を変えること」。部署改変をして人間を移動しなければ解決しないというので、ボスに「樋渡、会社を変えるため、ひいては仮想敵を封じ込めるためにお前が犠牲になれ」といわれた。(;´Д`)
 まぁ最近ネットにも出てこられないのが、この部署改変の水面下でのネゴシエーションに奔走していたからでもあるんだけど。いざ本当に変わるとなると、案外人間ってセンチになるもんだなぁ。
 これも別の人生、ってか。そんなことを考えていたここ数日間でありました。


 そういえば、トラブってたメインマシンに、やっとOS X 10.2が入りました。長かった……。一回インストール時にこけると、本当にやっかいだなぁ、ベージュG3は。
 まともに動くようになったので、今日からはカスタマイズに命をかけます。UNIXだしね、知らないことが山ほどあってなんか楽しい<OSオタク