フリートーク > 2003年7月27日バックナンバー
修羅場あけて番外編……
修羅場があけて納品完了といったところで、前々から書きたい書きたいと思いつつ、ちまちま書いていた番外編に着手してみようかなと思ったり思わなかったり。
穂高さんちの「番外編競作〜その花の名は〜」なんですけど、これに当てはまらなくてもずっと書きたかったネタがあったんですわ。おそらく本編でも書けないから外伝かなんかで書こうと予定していたものだったんです。が、せっかく協賛していることだし、某氏より「あの人の番外編どーなった!?」ともせっつかれておりましたし、ということで、がんばって参加する予定です。
しかし、8月決算月、追い込み営業、個人の仕事もおてんこもりもりの予定で、はたして書けるのだろうかは謎。神のみぞ知るといったところでしょうな(笑)。
しかも、なんと困ったことに競作テーマが「花」だったりするわけで、「ぐはー、花なんてうちの話にゃ出てこないっつーか、誰ひとり花が似合うやつなんていねーじゃねーか」と嘆きつつ、こじつけ、イメージ優先でがんばってみます。
ってか、いきなり路線変更して、登録する小説の内容が別の人物の別シチュエーションのものに変わってたりしてな(;´Д`)ノ<先生! なんかありそうでこわいです!
なんかね、自分、番外編とかいいつつ、はやくも長編になりそうなイキオイで文字量が多いんですけど。特に冒頭、あれじゃ重すぎるよなぁと。なんでこう、いい書き出しが思いつかないかな。
ちうわけで、以下、下書き。ネタバレも多少あったりなかったり。ごにょごにょ。自分にむち打つために公開するあたりが泣けてくる樋渡さん。
一応、ちょっとだけスクロールさせてみたり。
【LOST DECADES】
南北に広がる中央エルメネス大陸のほぼ中心、眠らぬ都として知られる〈光都〉オレリア・ルアーノに来たならば、必ずその目で見るべきだと言われる古い建造物のひとつに、聖救世使教会が挙げられる。
〈翡翠の大聖堂〉と名高い聖救世使教会の外観は、その名のとおり外壁と柱に翡翠を使った、旧世界《ロイギル》時代の香りを残す豪勢なものである。オレリア・ルアーノの地下に建造されている巨大な〈発電所〉から供給される電気と、都の背後に身を横たえる旧世界の廃墟グレイブ・バリーといったふたつの奇妙な不整合さの中に、聖救世使教会の外観は存在する。二百年前に大陸全土を脅かした汎大陸戦争の、良くも悪くも遺産として形を残すものがオレリア・ルアーノのいまの姿であった。
この都には聖救世使教会のみならず、中央諸世界連合の要となる組織の本部がすべて集約されている。中央諸世界連合の最高意志決定の場である中央評議会、その下に軍事的役割を担う中央特務執行庁や中央騎士団、そして、これら法的・軍事的役割とは無縁でありながらも同じ階層に位置する聖救世使教会などだ。
国際紛争や国家間の不利益を解決するのが中央評議会や中央特務執行庁ではあるが、主に聖救世使教会は中央圏内の各寺院を束ねる役割を担っている。教会と名はつけども、厳密な意味での宗教は存在し得ないエルメネス大陸においては、騎士団の持つ物理的な力とは正反対の術法で人々の暮らしの安全を守っているのだといえる。術法の管理・再開発・普及を行い、中央に名を連ねる各国寺院に優秀な術者への教育を奨励するのが彼らの仕事であり、存在理由でもあった。
さらにもうひとつ、聖救世使教会がその高い地位を得ている理由に、彼らが聖騎士団を抱えていることが挙げられる。中央評議会の下に置かれず、教会の管轄に聖騎士団が置かれたのは、初代聖騎士レオンハルトと時の聖救世使教会祭司長の強い要望によるものであった。すなわち、評議会が決定を下しても、聖救世使教会の承認なくしては聖騎士団を容易に派遣することができないようにすることで、かつての汎大陸戦争のような武力によって引き起こされる連鎖反応を防ぐためである。
聖救世使教会のその翡翠の廊下を、銀の甲冑をまとって歩く剣士がひとり。その数十分前には、やはり銀の甲冑をまとった大勢の剣士たちで聖堂内がごった返していたのだが、いまではその剣士ひとりを残すのみとなっていたようだった。静謐なるその聖堂の中を、甲冑のたてるガシャガシャという音が鳴り響いていた。
こんな時間までまだ残っていたのかと、すれ違う司祭たちの視線をすり抜けて、その青年剣士はまっすぐに廊下を歩き続ける。ときたま、肩まで伸びた金色の髪が顔にはりつくのをうざったげに掻き上げながら。そして彼は廊下が交差するところで少し立ち止まって、あたりを見回すような仕草をした。
「相変わらず、迷路みたいだな」
誰に言うとなく青年剣士はそう言い、小馬鹿にするように鼻を鳴らして笑った。そして次に通りかかった司祭を呼び止める。
呼び止められた司祭は、彼のまとう甲冑を見て彼が何者なのかを理解したようだった。見事に磨き上げられた銀の甲冑は、聖騎士団の正装であった。
彼は司祭に道を尋ね、司祭も丁重に道を説明してやると、青年は「ありがとよ」と軽く手を挙げて礼を返した。
次の廊下を曲がり、階段を下りると、〈翡翠の大聖堂〉自慢の庭園が開ける。翡翠にふさわしい、緑色の楽園だ。よく手入れされた芝生や、植木の放つ緑色の空気を滑いっぱいに吸い込むように深呼吸をすると、視線の先に目当ての人物を見つけ、青年は満足そうに頷いた。聖騎士の銀とは対照的な漆黒の甲冑に身を包んだその人物は、ぼんやりと庭園の木々を眺めているようだった。
「やっぱりここだったのか。相変わらず式典嫌いなんだな」
青年はやや大きめの声で、からかうように声をかけた。庭園を眺めていた人影が、その声にゆっくりと振り返る。長い金色の巻き毛を後ろでひとつに縛り、おなじみの黒い甲冑に長いマントといった正装の出で立ちの、初代聖騎士レオンハルトであった。
レオンハルトは青年の顔を見つめてはいるが、押し黙ったままだった。青年は業を煮やしたのか小さくため息をつくと、
「なんだよ。俺のことなんか覚えてない、とでも言いたげだな」
「いや、忘れてなど。少し驚いただけだ、お前が──」
そう言ってレオンハルトは、青年が身につけている銀の甲冑をまじまじと見つめた。そして、その腰に下がっている細身の美しい剣も。青年はレオンハルトが驚いた理由に気付いて満足そうに笑い、肩をすくめてみせた。
「約束どおり、俺は聖騎士になったよ。さっき式典が終わったところだ」
あんたはいなかったけどな、と、青年は小さく付け加えた。
「そのようだな。おめでとう。ダノル」
「よせって。子どもじゃあるまいし」
ダノルと呼ばれた青年は照れくさそうに顔をしかめると、レオンハルトの脇に歩み寄って手を差し出した。レオンハルトは静かにその手を握り返した。この青年も長身ではあるが、並べばそれでもレオンハルトのほうが背が高い。その差が居心地悪いのか、ダノルは早々に手を引っ込めてレオンハルトの顔を見つめた。あまりにまじまじと見つめるので、レオンハルトが顔をしかめるまで。
「イーシュ・ラミナ《偉大なる一族》ってのは、ホントに年取らないんだな。あんた、全然変わってない」
「お前は少し大人になったようだな。いくつになった」
「いつまでも子ども扱いするのもイーシュ・ラミナの悪い癖だよな。二十六だよ」
「そうか」
レオンハルトはダノルには聞こえないようにため息をこぼした。
長命種である彼らイーシュ・ラミナの末裔にとっては、時間の流れとともに肉体が衰えていくその感覚はなきに等しい。本来あるべき時間の流れから隔離されてしまったような、そんな寂しさが訪れるのは、かつて出会った人間と時を隔てて再会するその瞬間にほかならないのだと、レオンハルトはいつも思う。
青年の髪は出会ったときよりずいぶん伸びていた。前は耳にかぶるくらいだったのに、いまでは銀の甲冑のショルダーパッドに触れている。もともと幼く見える顔立ちをしてはいたが、いまでは現場での経験をこなしてきた剣士らしい顔つきになっていた。だがその明るい金の髪の色もアイスブルーの瞳も、よく表情の変わるその顔も、以前出会ったときと変わりないことに、レオンハルトは少しだけうれしく思うのだった。
「せっかくまたあんたと戦う機会が巡ってきたところだけど、それもままならないかも」
青年が殊勝にも寂しげな口調で言ったので、レオンハルトは首を傾げた。
「俺さ、さっそくアジェンタス騎士団領への出向が決まっちゃったわけよ」
ダノルは肩をすくめ、おどけてそう言った。
「アジェンタス……か。転勤の手続きもいらないだろうし、古巣ということもあって勝手も分かっているだろう」
「あんなクソ田舎の騎士団に戻ったっていいことなさそうだけどな。アジェンタス騎士団の客員講師っつーか、そんな感じ。ついでにグレイン提督からは守護剣士にもお誘いいただいちゃってさ。さっき聖騎士団のおエラいさんから正式に通達を受けた」
「ほう、たいしたものだな。もちろん受けるつもりなのだろう?」
「さあね」
「どうしてだ。あれほど聖騎士になりたがっていたのに」
問われて、ダノルは困ったようにため息をついた。
「あんたがどこの国の守護剣士にならないってのと同じ理由だよ。あんたは自分が仕えるべき理想の君主を捜してる。そして俺は……」
ダノルは言葉をつぐみ、目にかかる長い前髪をかきあげた。アイスブルーの瞳が、自分の力でどうにもならないできごとに対する憤りを物語っている。レオンハルトはその瞳が、いつかの戦役を自分に思い出させようとしているのを感じて瞳を閉じた。叱責と後悔が入り交じった深い憤りから逃れるためだとは思いたくなかったが。
青年は剣士を辞めてしまうのだろうと思った。剣士に向いていない典型的なこの青年の性格を知ってしまった以上、それ以外に彼の選択肢はないのだと思っていた。それが今日この日、本当に聖騎士になってしまうなんて。
そう、あれはいつのことだったか。この青年が、そのアイスブルーの瞳いっぱいに怒りと涙をたたえて、激しく自分を罵倒したのは。大輪の花のごとく広がる血だまりの中で息絶えた、幼い少女の身体をかき抱き戦を呪ったのは──。
「あんたが聖騎士レオンハルトだろ?」
元気だが無礼なその声に呼びかけられて振り向いたレオンハルトは、その声の主の出で立ちに驚いてしばし言葉を失った。えんじ色の戦闘服を着た十代後半とも思える青年が、それこそ無礼で尊大な態度で腕を組み、自分を見上げているのだから。
えんじ色の戦闘服の袖には、双頭の鷲の紋章が刺繍されている。アジェンタス騎士団領の騎士団員のひとりだろうが、大学を卒業してすぐ入団したにしてはずいぶんと幼く見えるし、それにここはアジェンタスでもなんでもない、遠く離れた〈光都〉オレリア・ルアーノの聖救世使教会なのだ。なぜ一般の騎士がブラブラとこんなところを歩いていられるのか、レオンハルトはしばし頭を巡らせた。
「そうだが、私になにか?」
困惑を見せないように答えたレオンハルトに対して、青年はいたずらっぽく笑った。アイスブルーの瞳が糸のように細くなると、その顔が余計に幼く見えた。
青年は耳にかかるくらいの長さの金髪を掻き上げたあと、レオンハルトに向かってぶしつけに指を突きつけた。
「明日の御前試合、あんたと当たるの楽しみにしてるからな!」
それだけ言うと青年は満足したようにくるりと背を向け、廊下を早歩きで歩いていった。レオンハルトはその背に言葉をかけることもできずに見送っていたのだが、そこでやっと明日の自分の予定を思い出したのだった。
そういえば、明日は聖救世使教会主催の公開試合があるのだったな。
聖騎士団の日頃の活動の発表と一般人との親睦のために、およそ五十年ほど前から年に一度、聖救世使教会の中庭で行われている公開試合だった。聖騎士同士、あるいは聖騎士と各国の騎士団の騎士が祭司長の前で剣で斬り結ぶことから、いつしか「御前試合」などと呼ばれるようになったものだが、あの青年はアジェンタス騎士団から今日の試合のために派遣されてきた者のひとりなのだろう。そして今年は、レオンハルトも出場することになっていたのだった。彼自身、こうした祭り騒ぎや式典は苦手であったため、すっかり忘れていた。
レオンハルトは青年の後ろ姿を見送ったあと歩き出そうとしたのだったが、廊下の角を曲がったところで、青年が同じくえんじ色のアジェンタスの戦闘服を着た仲間に腕を引っ張られていたのを見て足を止めた。そしてそのすぐあとに聞こえた言葉がこれだ。
「ダノルーッ! すげーなお前! ホントにレオンハルトに宣戦布告してくるなんてよぉ!! ただのバカかと思ったけど、お前、男があがったぜ!!」
「ああ、まあな。聖賢五大守護神《ファイブ・ガーディアンズ》つったって、ただの人間だしな。ふつうに話せばふつうに答えてくれたぜ。ちょろいもんよ」
青年が自慢げにそう言うのが聞こえたのだったが、正直、語尾が震えているのだけは隠せないようだった。おそらく相当に緊張していたに違いない。
「で? で? 伝説の聖騎士サマはお前になんて声かけてくれたんだよ!?」
「サインでももらっときゃよかったのによーッ! ああ〜っもうっ! 今日ほどお前みたいなバカに生まれればよかったと思ったことはないぜ!」
レオンハルトがまだ青年の背中をじっと見つめていることに気がつかない彼らは、青年を囲んで大騒ぎだ。
レオンハルトはため息をつき、そのあとは聞くまいと足を速めた。「伝説の」だとか「英雄」だとかいう言葉に辟易していたのもあったし、あてつけや売名行為が目的で近づいてくる輩も後を絶たない。いまの青年に悪気はないのだろうが、ある種の肝試しのように自分に話しかけてくる若い連中をかわすのも、いい加減疲れてきていたところだった。
ただ単に、自分の持てる力のすべてで炎の竜〈フレイムタイラント〉を屠っただけではないか。しかも、汎大陸戦争を終結させたのは自分ひとりの力だけではない、聖賢五大守護神《ファイブ・ガーディアンズ》や救世主のみならず、大陸に生きるさまざまな人々の働きかけがあってこそ。
──なりたくて英雄になったわけではない。戦って英雄になれるのは、戦時下の大混乱の中だけだ。剣を振るうということの本質を、流れる血の重さを、それを経験したことのない人間には理解できないのだ──。
これから式典の準備をしようと人々が忙しく働き回る庭園を見ながら、レオンハルトは再びため息をついた。五月のオレリア・ルアーノは、雲ひとつない蒼天が広がっているというのに、暗い自虐心が渦巻く自分の精神状態のなんとよどんでいることか。
レオンハルトは大きく息を吸い込み、気持ちを切り替えることに専念した。そして、心の中にいたずら心が芽生えてきていたのを自分に許した。明日の公開試合では、あの若いアジェンタス騎士団の連中に、少しばかり肝を潰してもらおう。ふつうの人間がよくやる「仕返し」というにはあまりにも子どもっぽいが、それくらいなら失われた神々も救世主も、自分を責めることはないだろうと思い立った。