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フリートーク > 2003年10月1日バックナンバー

頭の回転の速い人

 コンテンツの最後のアウトプットを担当している関係で、制作畑の人間だけでなく、営業、エンジニア、オペレーターなど、さまざまな職種の人と打ち合わせをする機会が多い。新しい運用システムを共同開発しているので先日もエンジニアの人を交えて打ち合わせをしていたのだが、ちょうどデータベースを連携させてうんちゃらという話に差し掛かった。
 同席していた先方の営業トップが「?」という顔をしていたので、うちのエンジニアのトップがホワイトボードで図説を始めた。データベースとデータの流れといった運用のフローを図説したのだったが、そのあとすぐに先方のエンジニアが「なるほど、これがこうなるわけですね」とうちのエンジニアトップが書いた図にマーカーで注釈を入れ、お互いの意思の疎通ができたようだった。
 うちの会社のサービスで運用しているシステムはたいへん特殊かつ複雑なもので、一見の外部の人間はなかなか理解しづらい。中にいる人間であっても、例えば私なんかの場合でも入社してすべてを理解する(人に解説できる)までに3ヶ月はかかったものだ。
 なるほど、エンジニア同士で技術的な部分がちゃんと理解できているというのもあるけれども、即座に相手の話していることがちゃんと見えるというのは、端で見ていてもスカッと気持ちのいいものだなと思った。まだ先方の営業のトップは「?」という感じだったが、まぁそれは畑違い(職種の違い)ということで知る必要のないことだし、お金の話さえきちんとまとめてくれれば詳細なフローなど分からなくても問題ないだろう。
 解説したうちのエンジニアの説明がたいへんわかりやすいものだったというものもあると思う。一方的に説明するだけでなく、かみくだいて、さらに相手に想像の余地を働かせるような解説の仕方だったのかもしれない。会話スキルが非常に高いのだ。さらにその話を受けている人が、相手の言わんとしていることを即座に理解できる能力(ここでは知識であるとか経験であるとか)を持っているという条件も必要かもしれない。そのふたりが組み合わさって始めて「ツーカーな会話」というのが成立するんだろう。
 こういうのを目の当たりにすると、「頭の回転の速い人」というのは本当にいるんだなぁといつも感心してしまう。

 私の前のボス(前の部署のときのボス。と行ってもすぐ3メートル先の席だが)はたいへん頭の回転の速い人だ。ガンヲタで口も悪いので、何度かこのフリートークでもネタとして登場している人物である。
 キャラ的に思いつきでものをいう人というイメージもあるが、そのほとんどがきちんとデータと経験で裏づけされたものであるため、話がとても早い。もちろんしゃべる速度が速いというわけではなく(実際そうではあるが)、深刻な内容でなければ私とのミーティングは常に10分以内で終わった。私も頭の回転は決して速くはないが鈍いほうだとも思っていないので、話がとても早くすんで楽だった。
 お互い、相手の話の冒頭を聞いただけで言いたいことがわかってしまうので、ときに互いが話している最中「最後まで言わせてやれ」というくらいに、「つまりおまえの(あなたの)いいたいことはこういうことだろう?」と、結論に先走ってしまうこともある。
 ところが、相手の話を終わりまで聞かなければ、あるいは最後まで聞いても相手のいわんとしていることがなかなか理解できない、という人も中にはいる。これは決して「頭の回転が鈍い人」というわけではなく、慎重派であったりするためで悪いことではない。だが、1から10までの話を1〜3くらいまで聞くだけで分かってしまう人と話すよりも、1〜10まで話さないと分からない人と話すのは労力が違う。とくにせっかちな私のような人間にしてみると、前置きが長くてなかなか話が進まない人との商談やミーティングは苦痛になるときもある。忙しい現代人、早く済ませられるものは早く済ますに限る。

「頭の回転が鈍い人」というのもごくまれにいる。本当にごくまれだが、こちらがなにかを話していても分かっているのか分からないのか、表情だけでは見つけることができないので、まぁとりあえず先に話を進めてみる。だが、最後まで話し終わったときにやっぱりこちらの話を全然理解していないのが分かってしまい、ショックを受けることがある。
 余談だが、こういう人はまれに「空気が読めない」という属性を持っていたりするので要注意だ。
 話を聞く態度で頭の回転が速い人なのか、慎重派なのか、単に頭の回転が鈍いのかだいたい分かってくるので、最近は話の冒頭の掴みで判断するようにしている。
 ちなみに現在仕事でつきあいのある編集プロダクションのトップが、私の前職の上役に近い存在だったのだが、この人は「頭の回転が鈍い」というわけではないけれども、何度も何度も言い換えたり説明したりしないと理解してもらえない類の人である。辛抱強く何度も言葉を変えてねばるとなんとなくわかってくれるのだが、要するにこの人は根っからの編集者なので、編集者としてのニュアンスめいた話し方というか雰囲気重視みたいな話し方をしないと通用しないらしい。これも骨が折れる。おそらく私の話し方と彼の会話レシーバーのチャンネルが合ってないのだろうと思う。人と話をして理解をしてもらうというのはとても骨の折れることだ。

 自分の話を理解してくれない人を一方的に「話の分からない人」と片付けてしまっていることがある。私もそうだ。つまり、「自分がこれだけやっているのに分かってくれない人のほうが馬鹿だ」という理屈である。
 これが大間違いであって、話の内容の理解度は、冒頭に書いたように話す人の会話スキルに左右されることが大きいものだ。よく、「新人は私のいうことを全然理解してない」「後輩は先輩がこんだけがんばってるのにそれを補佐しようともしてない」という話を社会人になるとあちこちで聞くが、私的には「ちょっと待て。おまえはちゃんとそいつに指示が出せてるのか」と聞き返してみたくなる。
 的確な指示を出して自分の思うように後輩を動かせないのは、その人の会話スキルが足りないからではなかろうかと思う。これは自戒を含めて。もちろん本当の意味でその後輩の頭が悪いのかもしれないが、そうであれば頭のいい後輩に話し掛けるのと同じ話し方で通じるわけがないのは当たり前。人間ひとりひとりが違うように、相手への話し方もかえるべきだと私は思う。うまく使う、とはそういうことだ。あの手この手を使って(ときに脅したりなだめたりすかしたりおだてたりして)、相手をうまく動かせられるように自分を変えればいいだけの話だ。
 もし指示も出すこともせずに(何も言わずに)なにかをやってもらおう、もしくはなにもしてもらえないというのであれば、それこそ虫のいい話だと私は思う。「話すこと」で努力してないのはその人自身なのではと私は思ってしまうのだが、いかがなものだろうか。

 前職で映像関連の仕事をしていたとき、同僚だった3歳上の人がいる。この人は私と違って、映像制作プロダクションでPVとかCS、BSの番組制作などを携わったバリバリのたたき上げディレクターである。私とよく取材チームを組むなど行動をともにして、毎日のように酒を飲んで事業の未来について語り合ったものだ。まぁそれはさておき。
 この人が同じ会社のほかの部署に、撮影などの際に協力を要請するとき、または外の取材先でも、たいへん腰が低い。低すぎるといっていいほどで、私は社内の仲のよい先輩から「ねえねえ、○○さんってどうしてあんなに腰低いの? 同じ社内の人間なんだからそんなにペコペコする必要なんてないよって言ってあげてよ」とよく言われていた。それくらいコメツキバッタのように頭を下げて周り、撮影のお願いをしているのだ。
 一度その人に、先輩からの言葉をそのまま伝えたことがあった。ところが彼はこう言ったのだ。
「こんなことでいい絵(映像)が取れたりいいコンテンツが作れるなら、私はいくらでも頭下げますよ」
 名言だと思った。目からうろこが落ちたといってもいいくらいだ。以来、私もその人の言葉を借りて体現しようと心がけている。
 先日、私もいまの会社の同僚に「樋渡さんってどうしてそんなに頭を下げてばっかりなの? どうしてすぐ謝っちゃうの? もっとえらそうにしてもいいんじゃないの?」と言われたので思い出した逸話でもあるのだが、いいものが作れるなら、それで仕事がちゃんと回るのなら、私はいくらだって頭下げるよ。ただし、私の場合は譲れない部分は絶対に譲りたくないので、頭下げて、謝ってから慇懃に提案・主張して自分のポリシーを押し通してしまうやり方をとっているだけだったりする。

 そんなことをテンパり気味の間に考えているのだが、まだまだ私はこの会社でやれることがたくさんあるなぁと、自分の存在意義を確信したりして(笑)。いや、ちょっと狭苦しく感じ始めてきた現在の職に、そろそろ潮時かなぁと思いながら転職活動を始めたんだけどもね。私は楽なほうへ楽なほうへと逃げたがるから、ちょっと狭苦しいなと感じる職場のほうがいいのかもしれない。仮想敵は多いほうが人生楽しい(笑)。