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フリートーク > 2003年10月13日バックナンバー

通常の三倍! 初代ガンヲタ参上!

 ミノフスキー粒子に包まれて過ごした樋渡的三連休でございましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
 あいにくこの三連休も相方が仕事だったのでどこにも行くことがかなわず、ひとりひきこもり状態なんですけれども、前半あまり天気がよくなかったために行楽気分になれなかったのがこれ幸いという状態です。ひきこもりもいい加減にしろと言われそうですが。(;´Д`)

 さて、ちうわけで冒頭のミノフスキー粒子。会社の同僚に借りてきた「機動戦士ガンダム 特別版」劇場版リメイクDVD3本をまとめてこの三連休を使って見たわけですけれども。
 いやーいいっすね! 初代ガンダム! もう「めぐりあい宇宙」の最後ではやっぱり泣いちゃったよ。
 自慢じゃないですが初代ガンダムでは私はリアル世代でございまして、ちょうどガンダムプラモデル(ガンプラ)が全盛期だった時代ですね。私の実家近くにある大型量販店では、ガンプラ発売日に人がどっと押し寄せ、エレベーターで将棋倒しの事故が発生したことでニュースにもなったことがあるんですけれども、それくらい当時我々世代に熱かったテレビアニメのひとつであります。リアル小学生だったもんですから、再放送は学校から帰ってきてさんざん遊んだあとの夕方五時半から、みんなで誰かの家に遊びに行ったりして見ていたもんです。
 当時は出てくるメカニックがかっちょいい(シャア専用ザクとかRX-78とかね<RX言うな)くらいしか話の内容は理解できなかったんですけれども、オトナになってから何回か見直してみて、その奥の深さに何度も感動しましたです。んで、いいオトナになってもう一度見直してみると、ははぁ、こういうふうに物語が動いていたんだと、やっと全体像をきちんと理解できるようになりました。え、遅い? いや、昔はなんでホワイトベースに少年兵しかいなかったのか理解できんかったし、なんで本隊とは別のところにホワイトベースがいるのかわからなかったのですよ。
 相方が仕事なので夜中帰ってきてから見始めたんですけれども、三本見終わったときにはすでに朝でございまして、いやーこんなに立て続けに見たのって久しぶりかも。ついでに見ている最中には往年の名台詞がバンバン出てきたもんで、ふたりで大はしゃぎ。「坊やだからさ」に始まり「オヤジにだって殴られたことないのに!」とか、「はかったなシャア!」だの「ザクとは違うのだよザクとは」だの「偉い人にはわからんのです」だの、いやーネタの宝庫ですね。それだけあらゆる人に影響を与えたんだろうなぁ。
 んで、やっぱりあたしゃランバ・ラルが好きですわ。「いい目をしている」。これでキマリでしょう。いやーいいよ。ゲリラ戦線からのし上がってきた現場の人って感じがするよ。現場の人大好き!(笑) 軍人の誇りを見たね、彼の最後に。ランバ・ラルの奥さんのハモンもかっこよかったしね。
 ガンダムはこれまでの(70年代の)ロボットアニメとはかなり違う角度で人間を描いてきた作品なんだなぁと思いました。いや、往年のロボットアニメだってちゃんと人間ドラマを描いているけれどもね(子供にはわからんのですよ)、アムロなんかはアンチヒーローじゃないですか。ああいうタイプのヒーローってこれまでいなかったので、設定からしてものすごく画期的だったんだなぁと。それに、敵側の人間を書くというのもあまりなかった手法なんじゃないかなぁ。特に女性の書き方というのがすごく斬新だなと改めて思いました。前述のラルの奥さんのハモンとかマチルダさんとかセイラさんとか、仕事をしている(というか戦火に身を置いている)女性の書き方がいい。インパクトあるんですよ。物語をちゃんと支えているっていう、飾りじゃない女性像がそこにあるって感じ。
 物語を通してみると、アムロのたどっている運命ってのがいい感じの成長物語だったりして、おねーさんはその成長ぶりに目頭が熱くなってしまいました。根本的に成長をしていく主人公ってのが好きなだけなんだと思うんですけれども<成長バカともいう。

突然戦闘に身を置くはめになる→自分にしかできないと天狗っ鼻になる→敗北や挫折→人殺しがいや→生きるためにはやるしかない→開き直り→戦士としての急速な成長

 こんなのがちゃんと順を追ってかかれてる。ちゃんとアムロが成長してるんだよね。最後の最後、ララァにあったことでそれは完成されるわけだけれども、その成長の遅さがね、じれったくていい感じ。人間ってそんなにすぐ割り切れたりできるもんじゃないから、当時はものすごくいらいらさせられたアムロの性格も、いま見てみるとその描き方は間違ってはいないんだと思います。
 それで、少なからず、いや、多分に自分がガンダムのストーリー展開に影響を受けていたんだなぁということに気づきました。成長物語を書くうえでは使い古された手だというだけかもしれませんけれどもね。セテはアムロほど内向的な人間ではないけれども(安彦良和氏の漫画のほうでは、アムロは徹底的にコンピュータオタクとして書かれてるし)、22歳の青二才が社会に出て使える人間になっていくまでの過程ってのは、同じように挫折や敗北、優越感や憎悪なんかをきちんと味わっていかないとだめなんだなぁと思いました。
 えっ 「神々の黄昏」は成長物語なのかって? いやー野暮なこと聞いちゃいかんですよ。だからといって「セテは最後にレオンハルトと結ばれて終わるんでしょ?」っちうヨコシマなご意見(笑)は受け付けません。<実話:Studio Mercuryの相方となるはずだったヤツがシラフでそう言ったことアリ

 成長する人間が好きだってことで、RPGなんかプレイしてても、やっぱり主人公に真っ先に感情移入している自分がいたりして。いいんだよ〜主人公が挫折を味わうあの瞬間がさ〜。<ヘンタイですか
 さすがに最近のゲームでは主人公に自分の名前をつけたりはしませんが(自分の名前をつけてたのはFF6までだな。あ、ときメモGSはは除いてだが)、ズタボロにやられてても最後は主人公でとどめ刺す、主人公は常にまわりのパーティーのメンツよりもレベルは上じゃないと気が済まない、主人公の装備は必ずみんなよりもいいもんつけてる、とか(笑)。
 っちうわけで、ジューダスよりカイルたんですよ(誰に言ってんのだ樋渡よ)。

 ってな感じに、いいモン見させてもらったあとはその影響で、通常の三倍のスピードで小説が書けるかというとそうでもなく。
 そろそろ大詰めの第二章の最後の展開をどうしようとダラダラ悩んでいたりする今日この頃でございます。