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フリートーク > 2004年3月18日バックナンバー

バーンアウトと春の夜

 今朝、うちのマンションの裏に生えている木々の間で、「ホ〜ホケキョ」と鳴くウグイスの声を聞いて目が覚めました。春だなぁと思ったらいきなり午後から雨が降り出して気温も寒くなって驚きましたけど……。三寒四温とはよくいったもんです。
 このたびめでたく会社の花見実行委員会委員長を拝命した樋渡、「てめえこれを成功させなかったら次の査定はめちゃめちゃ下がるからそう思え」とボスに言われて謹んでお受けしたのですが、仕事が終わった定時の後、同僚たちと企画案を練っております。ってか、なんで花見に企画案書が必要なんだ(笑)?
 お祭り大好き人間の自分としては、もう仕事そっちのけで頭がアッチの世界にいっちゃっててタイヘンです。今年は取引先を呼んでの大パーティーとなるので、昨年のような失態は許されませんがな。(;´Д`) レンタル用品のWebサイトを見ながら、飲んだくれの同僚たちと「おお〜紅白幕!! これ絶対必要でしょう!!」とか「自慢の備長炭&七輪出しちゃうよ、俺もう本気だから」とか「行方不明になってもだいじょうぶなようにパンツに名前を書きましょう」とか、ホントにアボガドバナナかと。もう仕切りも司会もまかせやがれってんだコンチクショウな宴会部長・樋渡@来期の査定がかかってる(一部誇張)のでマジモード全開。
 さて、ここ数週間は週末に必ず予定が入ってまして、とってもうれしいワタクシ。先日は某サイトマスター様発案のホテル飲みを敢行し、ラグジュアリ〜な気分を満喫、今週は前職の友人たちと沼津まで行ってイチゴ狩りをしたあとめちゃくちゃ寿司食い放題なはとバスツアーを敢行、翌週は弊社主催の花見パーティー2004 Spring、翌週も予定が入ってたり、ついでに平日ぼちぼち深酒したりと(平日なのに酔ってタクシー帰りとはいったいどういう了見かと)、イベント盛りだくさんで毎日がハッピー。いや、ほら、週末に予定入ってないと月曜日からショボンな感じなわけさ。
 暖かくなってくるとなぜか心も浮かれ出す、いい陽気です。春はいいよねぇ〜。

 最近プライベートな時間で「ものを書く」というのがなかなかできなくてこれはいったいどうしたもんかと思っている今日この頃。確かに以前に比べてフリートークの更新がたいへんなスローペースに落ち込んでいるし、小説に至っては月に一度更新できればいいほうだという程度にまで落ち込んでいますがな。(;´Д`)
 時間がない、というわけでもないような気がするしなぁ。もし会社での滞在時間という点で「時間がない」というのであれば、前職なんて泊まりだの終電だのタクシー帰りだのをやってきてるわけだし、そんな中でも書いてるときは書いてたわけだし。フリートークだけなら、待ち時間にこっそりパケット泥棒する時間もあったからなあ。あのころは、密度という意味では仕事してなかったのかもな。いまなんか帰ってきてもぐったりで、いろんな意味で若さが足りてないのかも(笑)なんて思っちゃったよ。
 そんな折り、こちらの記事を見てちょっと納得してみたり。→「吠える人とウォッチャー
 Webサイト、特にBlog系記事執筆者の燃え尽き症候群に関するCNETの記事を引用して書かれた記事ですな。あ、もしかしてこれかも、と思った自分が少しだけいたりする。
 大昔、この小説サイトを運営するずっと以前、本当にインターネットが爆発的に普及しだそうというときに、私はインターネットの世界にどっぷりつかり、いまでいう「テキストサイト」なんてもんを運営していました。まだそうそうふつうの人がふつうにWebサイトを開設するなんてことはなく、いわゆるキワモノ系がニョキニョキと出てきて、ご多分に漏れず私もキワモノ、というかかなり毒舌系のテキストをおいていたんですな。いまでいう「イタイサイト」に通じるもんがなかったといえば嘘になるけれども、けっこうがんばって世の不条理さを切々と語る(笑)ことに情熱を燃やしていたもんです。酔っぱらい終電車でのできごととか、ジェンダー差別とか、性を切り売りするビジネスや人間の是非とか。なんて青臭いんだ俺様。
 純粋に書くことが楽しかった、というのがいちばんの理由ですね。最初に始めた当初は文章に毎日触れる仕事をしていたわけではなかったというのもあるのですが、なにか記事をアップするたびに、「樋渡さん、それは違うよ」「樋渡さん、ボクもそう思うよ」なんて、エラい反響があって鼻高々になっていたというのもあるかも。でも、自分がなにかを考えたり感じたりしたことを、自分の言葉で書き連ねていける、そういうのが本当に楽しかった。後に仕事が変わって忙しくなって更新も滞り、ついにサイト閉鎖。このころはどちらかというと「自分が情報を発信している」みたいな変な自負があって、決して情報収集のためにサイトを開いていたわけではないから、仕事が変わったときに金を取って情報を発信する側に立って、「個人で情報を発信できる」という欲求はずいぶん満たされていたし、世の不条理なことも大人になればずいぶん納得できるようになるし、その過程で自分の書きたいことはすべて書ききった、みたいなのもあったんだろうな。メールボムとか誹謗中傷とか荒らし依頼とか戦争とか、さんざんな目に遭ったというのもありましたけれども。
 そんな青臭い人間が、どうして数年経って「小説サイト」なるまったく形の違うサイトを運営しようと思ったのか、おそらく当時つきあいのある人間が知ったらすごく驚くだろうなぁという感じではありますね。実際、あのころとはまったく違うハンドルで生存しているわけですから彼らは知るよしもないんですけれども。
 テキストサイトなるものは、自分の考えや感じたことをストレートに、あまり包み隠さず、もっと言えば自分の無知や傲慢を恐れることなく突き進んでいき、その突き進む具合が非常にアグレッシブで「生きている人間を感じさせる」生き生きとしたものだと私は思います。その代わり、その対象となるものがそこにないとナニも書けない、いわば二次的産物といったところでしょうか。
 対してオリジナル小説というのは、なにもないところから自由にストーリーを組み立てていくわけですから一次的産物であり、ところがその中に、筆者が何に憤り何を感じ何を重要と心得ているのか、そんなものを織り込んでいくわけです。前者に比べて感情の部分はずいぶん抑えられているけれども、時折幾重にも重なったテーマで読む人の胸を激しく突き刺そうと試みます。
 私にとって前者と後者は、感情の出具合という些細な違いであって、決してまったく土俵の異なるものではなかったという感じがします。実際に小説だけでなく、フリートークで好き勝手なこと書いていたわけですし(笑)
 持続力がないといわれればそれまでなんでしょうけれども、ほら、年取るとそれなりに仕事はどんどんキツくなってくるわけですし、たとえ趣味といえども精神的に自分を奮い立たせられなくなってくる。年取れば分別もつくし情報収集能力も育ってきているから、自分の中での情報が整理できなくなっているくせに、妙なところで我に返ってみたりして、フラストレーションが爆発する前にバーンアウトしやすくなってくるんだろうなぁ。前者のサイトをやっているときは「信念型」、後者であるいまのサイトは「信念型変形観察型」だったのかもと自己分析しているですが、常に情報発信をしていくうえで必要ななにかが、いまひとつ自分に足りないのかもなぁと最近はヘンに納得してしまったりしています。
 前述のブログ記事でたいへん感銘を受けた一文があるのですが、

これ(筆者注:バーンアウト)を避けるためには、互いに敬意を持つことではないでしょうか。敬意のない意見や批判は泥沼化の原因。ただの野次馬根性でネタにすることは相手を不愉快にさせる原因になります。何か言ってやりたい気分になっても敬意を持てない対象は無視するべきで、これは自分の「格」を維持することになると思います。(略)これは「コメント欄の常連さん」ではなく、むしろコメント欄に出てきたりトラックバックを送り合うこともほとんどないけど、互いを気にしているような存在であるべき(というか、その方がカッコいい)です。

この部分。ここ最近ずっと私が考えてモンモンとしていたことを見事に代弁してくれた文章だなと本当に思いました。
 このフリートークにもいつだったか書いたことがあったけれども、飲んだ席でクダ巻いていたことには、仕事でもプライベートでも、常に自分と違う他人をリスペクト(尊敬)し続けたいと心がけてきたつもりでした。ジャンジャンバリバリ更新を続けていたときは、本当にオンラインでのいろいろな人のいろいろな言葉を読んで刺激を受けて、その刺激の対象に敬意を表する形で自分を奮い立たせていたんだろうと思う。でもやっぱりそれなりに仕事がキツくなってくるとそんな時間もない。敬意を表すべき刺激対象からずいぶん離れてしまったわけですよね。バーンアウトして萎えているのは、きっと自分ができていると思っていたリスペクトの精神が、まだまだ足りないだけなんだろうなぁと少し寂しく思う春の夜。いやはや、人間精進精進。