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フリートーク > 2004年4月27日バックナンバー

紙に書こう

 全国のゴールデンウィーク進行中のみなさま、年末年始に匹敵する大型連休を前に「気分はもうゴールデンウイークに突入、だけど仕事がアタクシを離してくれないの」な状態でお仕事なさっているかと思われますが、なんとか今週を乗り切って、超大型スペシャル連休を満喫しようじゃありませんか。
 皆様ご機嫌いかがですか。もうすでに「本日の営業はすべて終了いたしました」とすべてを突っ返してゴールデンウィーク中のステキな予定に対して妄想に入る気マンマンな樋渡です。やる気がないのをまだ4月も終わってないうちから「きっとあたしは5月病なんだわ、きっとそうよ!」と触れ回って後輩にうざがられ、そのくせ飲み会の出席率は100%、人としていかがなものかという今日この頃。
 実は先日まで原因不明の胃痛にずっと悩まされつづけておりまして。3月半ばくらいから体調を崩し、何度か熱を出したりしたあと、ものを食べれば胃が痛い、おなかがすけば胃が痛い、とにかくずっと胃が痛い、な状態だったのですが、最近ようやく完治した模様です。
 悲しいのは、胃が痛くても食欲がまったく減退しないというところですな(酒はさすがに控えましたが、胃が痛いのにタバコだけはやめられなかったダメ人間)。これで少しは食が細って、「樋渡(仮名)さん、なんかやせたよね。少しは休んだほうがいいんじゃない?」なんていたわりを受けるほどのキャラだったらよかったんですがね、とほほ。これしきのことで痩せやしねえし、「樋渡(仮名)は殺してもしなないから」とかコメントされてるっつーの。
 慢性胃炎らしいので、胃に優しいもの、身体にいいものを中心にメシを食おうと思っているのですが、最近ようやく自覚ができて、食材と食べる分量に気を遣いながら、「夏までに痩せる!」と150回目の一念発起。0勝150敗。
 きっかけは会社での会議中のこと。座り心地が悪かったのでちょっと身体をよじったときに「あれ、腹の肉と背中のぜい肉がちょいと盛り上がってる?」と思ったのですが、気にせず帰宅(この時点で現実逃避)。机に向かって書き物をしていたときに相方に肉をつままれ、「ゆうぞー(仮名)は背中の肉がヤヴァいのです!」と聞き捨てならない台詞を吐かれました。その後たまたま2年ほど前の夏に前の会社連中とプレよこすか開国祭にいったときの写真を整理する機会があったのですが、二の腕も背中の肉もだぶついておらず、自画自賛なスレンダーな状態で映っていた自分を見てようやく今の自分が相当やばいことに気がついたと。
 年末年始飲み過ぎだよ俺。ってか、これまでの人生振り返っても飲み過ぎだよ俺。年明けから驚異的スピードで肥えてるよ俺。道理で昨年のスカートがはけないわけだ。道理でGパンのサイズがひとつあがるわけだ。ってか、ブラジャーのアンダー、かなりきついんですけど。腹の肉は(以下略)。
 こ、これがウワサに聞く中年体型ってやつか!!!!!!!
 そうとう凹んだので(というか、自覚するの遅すぎ)、現在アブスライドで腹筋を鍛え、腹筋を鍛えながらたまに腕立て伏せをやって上腕二頭筋および胸筋を鍛えるべく、気合いを入れております。もちろん、食材は魚とか野菜を中心に、腹八分目ならず腹七分目から六分目くらいにおさえると。私、よく噛まずに飲み込むし、めちゃくちゃ食べるの早いので、これもよくないんだな。飯はゆっくり食べましょう。
 ちうわけで、一念発起から四日が経過しましたが、とりあえず毎晩きちんと腹筋を鍛え、柔軟運動も続けております。筋肉痛がなくなったので、これから少しずつハードにしてみよう。果たして三十すぎてからの運動は効果があるのか、夏までに効果検証をしたいと思います。目指せマドンナの上半身!(あれ、下半身はどうするの……?)とか言っておきながら、五日坊主で終わらないことを祈る。<意志弱すぎだよ(;´Д`)

 さて、いつもの戯れ言はおいといて、次は久しぶりにまじめな話題。
 今日仕事中に「樋渡さん、ちょっといいかな」と同僚に相談されて話につきあったのだが、ちょっとどころか実に20分以上もつかまってしまい、いい加減辟易してみたり。いや、この同僚、ものすごく話が長くて要領を得ないので有名人なのですが、断っておくとものすごく向上心はあっていろいろ考えているし、気持ちが優しい男の子だったりする(年下は全部「子」がついてしまう、おばさんみたいやな)。
 売り上げを上げるための施策についていろいろ自分の担当のことで考えていることがあって、それについて私の意見を聞きたいとのこと。私は社内の何でも屋なので(小さい会社は人手不足でなんでもやらされてしまうのだわ、とほほ)、私が受け持っているようなさまざまな案件から見た多方面からの意見がほしかった模様。実は彼との会話はいつも「だからなに?」的な雰囲気になってしまうので、なるべくいい方向に持っていけるように自分なりに努力はしているつもりだったのだが、やっぱり今回も最後は責めるような口調になってしまった(もちろん、そんなふうに聞こえないように言葉は選んでいるつもりだが、本人にとっては分からない)。要領得ない会話はいつものことだからいいとして、机上の空論やら自己憐憫があまりにも多すぎるのでいつもイライラさせられてしまうわけだ。そんな自分にちょっと自己嫌悪が入ってしまうんだけれども、ふと、彼の中でなにが起こっているのかを考えてしまった。
 利益を上げるための施策を考えるという命題は、彼の直属のボスからの勅命で、自分のアカウンタビリティーであると認識しており、今期の絶対評価に大きく影響するということも十分理解しているようだ。ところが、そうは言っても彼の中では「これ、ホントにやっていいのかな」とか「これやってもどうせ売り上げあがんないよ、問題はもっと根深いところにあるんだよ」とか、いろいろな葛藤があるらしい。さらに、目の前にある一部のことでしかモノを計ってないし、データに基づいた仮説もなにもなく、ただ「こんなの無理だよ、やっても意味ない。でもやらないと査定がさがるから」的な感情でしゃべりちらしているようにしか私には見えなかった。これを実現するためにどんなフローが必要なのか、彼にはちっとも理解できていないし、する気もない。人任せにしようというのがみえみえなのだ。他の人だって「こんなの無理だ」と思う案件を山ほど抱えているんだぞと、言いたくもなる。
 断っておくが、営業なんてのはプロセスよりも結果が重視されるので、フローがわけわかんなくても別にいいと私は思う。そのために、制作やらオペレーションやら、内勤のスペシャリストが会社にいるわけだから、そういうのをうまく使えばいいだけの話だと思う。だが、新入社員ならいざしらず、彼はうちの会社の社員の中では三指に入るほどの古参の人間で、これまでだってこういうのを何度も経験してきたはずだ。そして、そのたびに何度も、私だけでなく他の人に「それ、言うだけじゃなくて紙にまとめて発表してみなよ。ここで話してたってラチ開かないでしょ」なんて言われてきたのだ。
 今回も私は彼に言った。「それさぁ、考えているだけじゃなくてちょっと紙にまとめてみたら? 言ってることがどんどん違う方向にいってない?」。何度も同じことをこの彼には言ってきたのになぁと思いながらそう助言をしたのだが、彼はしゃべりたくて仕方ないのだ。自分の持っている案件がいかに将来性がないのか、それこそ愚痴まじりで。私としては、意見を求められたので自分の経験からどんなプロモーション方法があるか、いくつか例を挙げてみたつもりだったのだが、話はどんどん自己憐憫のほう、もしくは自分以外の他人の所行による自分の被害がいかにひどいかへ行ってしまうので、せっかく意見を出したのにさすがに私もいい気分はしない。
 話は終わったけれども、彼が今後、きちんとした形での企画案書を提出することはないだろうと思う。これまでもそうだったように、言うだけ言って、実現させることはきっとないのだろう。自分以外の何者かが、自分の案件がうまくいかない原因を担っているのだと思い続け、状況を打破するのは自分以外にいないのだと知らないうちは。

 「紙に書く」という行為はアナログだが、考えをまとめるのに絶大な効果をもたらすものだ。かくいう私は、もうずっとIT系企業に勤めているのだが、なにかを実現するときには膨大な量の紙っぺらにお世話になっている。最終的に企画書に仕上げるまで、私はミスプリントした紙を束ねた落書き帳に、現状の問題点やら目的などを、時系列もカテゴリもなにもかも無視して書き連ねる。その横に、必要なもの(人員など)を書き連ね、線で結びつけたり消したり付け加えたり、それこそ真っ黒になるまで書き込み、だめだなと思ったら別の紙を持ってきて書き直して精査していく。Webページが必要な場合は、ラフを書いてどんな要素が必要かを、さっき書いたラクガキを見ながらキャッチコピーにあてはめてみたり。この辺で情報の大小を精査していくわけだ。
 書いては消し、書いては捨て、そんなことの繰り返しをしているので、机の上は鉛筆で書いたラクガキ用紙が散乱する状態になる。ようやく自分の中で「これだ!」という気持ちになれたら、そこで初めてパソコンに向かう。でもまだこのときにはいきなり企画案書のフォーマットに流し込むのではなく、テキストエディタで必要項目を書いて何度か読み直し、それをコピペでフォーマットに流し込み、資料を揃えて完成させる。その時点でも自信がなければ、ある程度まで固まったものをなんとか紙に打ち出して、他部署や同僚に見てもらい、ブレストを行う。一発でパソコンに向かうのなんて、「樋渡さん、あと3時間で原稿お願いします。いま輪転機止めて待ってます!」なんてわずか半年という短いフリー時代の時間との戦いのなか、1稿2稿なんて悠長に納品してられなかったときくらいだった(ちなみに、Webサイトに掲載している小説には、いきなりテキストエディタに向かっている。文章に関しては、私にとっては紙に下書きをするのは至難の業だ)。
 自分はたいへん感情的で、理論的な思考が苦手なので、こうして何度もアナログ作業をしないと情報をきちんと整理できないのだ。だから、プレゼンも少し苦手。できるだけしゃべらず、見れば分かるようにと細かく書くので回りくどいのが難点だ(これは自分の小説にも当てはまることだ。書きすぎて回りくどく、余計な描写が多くて洗練されていない(笑))。
 鉛筆でいろいろアイディアを書き連ねていくうちに、新しい問題点やアイディア=解決策がさらに見えてきて、より純度の高い企画ができるのではないかと私は思う。これは「魅力的な小説サイトをつくろう!」の「[3]まずは設計図を書こう」の章でも言及しているとおり。何かを作るうえでまず最初に必要なのは、情報の整理。決して編集者や有名なプロモーターだけがやることではなく、誰しも必要な、無意識にやっていることのはずだ。そういえば、知り合いのライターが「Webサイトの管理人は作家ではなく編集者だ」というようなことを書いた本を出していたが、言い得て妙、たいへん秀逸なたとえ話だと思ったものだ。
 自分が情報を精査できないダメ人間なので、前述の彼のように考えがまとまらない人の気持ちはたいへんよく分かるから、そういう人にはまず「紙に書け」というアドバイスをするようにしている。
 会社にいる以上、自分ひとりの力ですべて実行するというのは神業に近い。だから、自分以外のスペシャリスト、あるいはジェネラリストの助言を得るなどの協力関係が必要だ。そういう人たちの同意を得て、うまく彼らに動いてもらうための情報の整理、そのための「紙」なのだ。何をするにも「紙に書く」という習慣を大切にしていきたいと私は思っているし、突貫工事や行き当たりばったり、無意味な増改築も、これで少しは防げているのではと自負していたりする。

 そんなことを思いながら帰宅すると、自分の机の上にきったない字で書き連ねた小説のプロットがあって、顔から火が出るほど恥ずかしかったので速攻捨てた。小説のプロットもそうだが、企画案に練りあがる前の物体は、激しく意味不明で誰にも見せたくないものだ。