フリートーク > 2005年7月18日バックナンバー
ニュータイプの終焉
予想通りに「いったい連休をなんだと思ってんだ」ってなくらいの三連休でしたが、みなさんどちらかにお出かけになりました? 私は相も変わらず自宅でDVD三昧です。いや、外出くらいはしましたけどネ。(;´Д`)
見てなかったDVDがあったので、休みはこのためにあるとばかりに相方と二人スクリーン漬けになっておりましたけれども、いや〜首が痛いのではやいところ新しいソファを買いたいもんです。長時間見上げる姿勢ってのはやっぱり脊髄によろしくないですね。
さてこの連休、遅ればせながら『機動戦士ガンダムSEED』の総集編三本なんぞを立て続けに見てしまったわけですが、見終わったあとにあまりのできのひどさに夢にまで見てしまったという、昨今まれに見る駄作で連休最後の日をつぶしてしまったのがなによりもったいないことです。いや〜総集編だから仕方ないにしろ、まずは編集が下手すぎ。テレビシリーズを毎回かかさず見ていた人じゃないと話が伝わってこないのか、それじゃーしょうがないなハハハ……とも思ったのですが、どうも本編をかかさず見ていても話が伝わらないのはデフォルトだったんですね、テヘ。
ま、ひとことで言えば「稚拙なシナリオによって破綻したテーマ」ってのに尽きるんじゃないでしょうかねぇ。キャラクターの行動原理の必然性がまったく見えてこない、子どもが感情のみで戦争やってるみたいなひどく幼稚な設定の戦争背景、ファーストへのオマージュにもとれない劣化コピーシチュエーション、台詞まわしの薄っぺらさ、そもそも論からしてキャラクターの必要性のなさなどなど、とにかく「うそーん」な幼稚な設定が満載で、一生懸命ドラマに入っていこうと努力はしたんですけど、まったく共感できませんでした。残念。細かく突っ込んでいけば、たぶん400字詰め原稿用紙に100ページは行けると思いますヨ。(;´Д`)
これまでガンダムを知らなかった世代や新しいファン層を取り込んだという点、主題歌のヒット、続編の放映などで商業的に成功したと言えるので、これはこれでよろしいのではないかと思いますが、わたしのようなファーストガンダムを神聖視している人間からすると、ただのキャラ萌え・声優萌え・シチュエーション萌え満載のロボットアニメで終わっちゃうのかな、という感じで非常に残念です。ガンダムの名前でやらなければそれなりにおもしろかったんじゃないでしょうかね(ついでにシナリオも別の人に)。だって、オールドタイプのファンにとっては、ガンダムの名前がそこにあることが重要なんですもん。ガンダムシリーズじゃなかったら、絶対見ないって!(笑)
と、後ろ向きに批判ばかりしていたのではフリートークに書く意味もないので、擁護派のご意見というのもご紹介。
◆ファースト世代からのガンダムSEED擁護論
なるほど、やはり私のような世代はアニメを見てどうこう言う年齢ではなくなってきたというわけです。そりゃそーだな。ゴールデンタイムに放映しているアニメは、大きなお友達のためではなく、子どもたちの夢のためにあるんだもんね。上記ページでの、まさにこのひとことにつきるのかな。
「『フーン、そんなんで楽しいなんて本当のオタクだね。じゃあ見るのやめれば。もっとマターリ見ればいいのに』」
だがしかし! 映像ヲタからすると、見終わったあとの余韻を楽しみながら、ああでもないこうでもない、これはああに決まってる、あれはこうに決まってる、あれはイケてるイケてないと議論をするのが楽しいのだ!!
マターリ見るのはサザエさんで十分です!(笑)
同様に、この連休で見ていなかったものを片づけたのですが、『クリムゾンリバー2』『シークレットウィンドウ』、どちらも「まぁこんなもんかな」といった感じです。
『クリムゾンリバー2』は、1作目の『クリムゾンリバー』が大コケしたのに、しかも原作もないのによく2作目なんぞ作ったなという感じですが、まぁジャン・レノ扮するニーマンス警視が出てくるからってことでFAなんでしょうか。公式の二次創作ってやつですね(笑)。1作目、というか原作のあるほうについては、原作の濃い説明をぶっとばしてショッキングな殺人の部分に焦点をあてたために最悪のできあがりになっていましたけれども(それでも原作のほうはまぁまぁ読めました)、この2作目についても同様に「わけがわからないまま殺人が進んでいく」という悪い流れを踏襲していてガックシ。ただ、前作よりはわかりやすいんじゃないでしょうかね。映画としては最悪の部類に入るとは思うのですが、前作同様、オープニングはものすごく「なにかが起こりそう」という期待と不安を抱かせる美しい絵になっていて、とくに太陽や空などの風景の撮影方法はすばらしいものがあります。全体的にヨーロッパ的色調なのも映像的によろしかったと思います。それだけかな。(笑)
『シークレットウィンドウ』は、ジョニー・デップが小説家に扮するスティーブン・キングの同名の小説の映画化ですが、中盤にさしかかったあたりの弁護士のとある台詞で先が読めてしまった私にとっては、それから先の展開はもうあれよあれよという間に自分の思ったとおりの展開になっていくのがつらかったです。ただ、デップのあのいつものおどけた演技がいい味を出していますね。彼はやっぱりこういう役柄が特にあいます。原作は読んでいないのですが、最後の最後、とうもろこしをかじるあのシーンは余計だったのではと思わずにはいられませんが、ま、あれがあることでぞっとするのがキング節といったところでしょうかね。
そういえば、我が家には『スター・ウォーズ トリロジー』があったりするわけですが、そのなかの特典映像に撮影秘話のような大長編のメイキング番組が収録されているんですよね。先日見てみたらものすごくヘビーな内容で、ルーカスの苦労人な人生がかいま見えて切なくなりました。
いまでこそルーカスは映画界の神のような人になっていますが、当時スター・ウォーズ エピソード4(すなわち1作目)を作るときには、莫大な資金の投資と資金繰りの困難、撮影の進行の遅さ、配給会社とのトラブル、撮影スタジオのスタッフとの確執など、本当にたいへんな不幸続きだったようです。撮影している最中も、俳優陣たちは「なんの映画かわからない」「なんだかおかしな映画だ」くらいの認識だったようですし、ティザーやパイロットフィルムのできがわるく(音も入っていないし編集も完成していない状態)、配給会社の社長がだめだしをするのも当たり前のできだったようです。
その困難を乗り越え、完成した映画が封切りになったときのブレイクのしかたといったらこれ以上はない!くらいのものだったことは、オールドファンのみなさんはご存じだと思います。キャラクターグッズ販売という新しいビジネスモデルも、ルーカスが築いたといっても過言ではなかったでしょう。
執拗にゴミ取りをしてデジタルリマスタリングし、さらにいくつかのカットの取り直しを行った上記トリロジーは20世紀の終わりに、サーガの三部作として劇場に再登場したものですが、いま見てもすばらしい作品だと思います。映像がすばらしくなったエピソード1〜3より、長く愛した思い入れの深さがあって私は4〜6のほうがダンゼン好き。制作秘話を見たいまではさらにその愛着は増す一方ですね。
同様にファーストガンダムも、見た回数と長く愛してきた思い入れでは、ほかのどのガンダム作品と比べることはできないんですが……ま、そういうこというのもオールドタイプって言われちゃうのかな。