第十二話:初任務

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 入団式が終わった後すぐ、アジェンタス騎士団の新参者たちは訓練場に引き出される。アジェンタス騎士団の騎士団長であり、騎士団領のすべてを統括するガラハド提督は、剣技を重んじ、騎士団員には常なる鍛錬を奨励していた。そのため、新しく入団した若者だろうがなんだろうが、まずはとりあえず剣の鍛錬を命じたのであった。
 通常、守護剣士と呼ばれる護衛の剣士が街には必ず配置されていたが、アジェンタス騎士団領はその名の通り、騎士団が秩序を保っている。技と力を重視しているガラハド提督は、あまり術者や魔法剣士を信頼していないのか、アジェンタス騎士団には術法を使える剣士はひとりもいなかった。おかげでセテは、術法が使えないという負い目を感じることなくすんだのだった。
 中央特務執行庁からの出向とはいえ、セテも騎士団の一員として同じように扱われる。アジェンタス騎士団の紋章の入ったえんじ色の制服に身を包んだセテは、鍛錬場で他の先輩剣士たちの鍛錬の様子を眺め、剣と剣のぶつかりあう金属音に心をときめかせていた。中央特務執行庁の試験の時には感じられなかったプロの剣士としての熱意が、鍛錬場に立ちこめていた。
「なんか……すっごいワクワクしてきた」
 セテは騎士団員たちの鍛錬の様子を見ながら、上の空でそうつぶやいた。後ろにいたレトも心地よい緊張感を味わっているようだ。
「あれ? セテ? セテか?」
 後ろから声がしたので振り返ると、アジェンタス騎士団の真新しい制服に身を包んだ青年がふたり驚いたような顔をして立っていた。ひとりは背の低いぽっちゃりした赤ら顔、もうひとりは背丈はセテより高いが、ひょろっとした優男風。どちらもロクランのような都会で生活してきたセテやレトと比べてしまうと、あか抜けない感じがする。
 セテもレトも最初はこのふたりが誰だか分からないのか、首を傾げてけげんそうな顔をしていた。が、すぐにこのふたりが自分の幼なじみだと分かると顔をほころばせ、肩を抱き合った。
「オラリー! クルト! お前たちも騎士団に入っていたんだ! 何年ぶりだろう」
 四人は改めて抱き合い、再会を喜び合った。
「ふたりともロクランに進学するとき以来だから、四年ぶりだな」
 オラリーと呼ばれた背の高い青年が言った。
「俺たちはそのままアジェンタス騎士大学に進んだからなぁ。やっぱふたりとも都会の人って感じだよな」
 ぽっちゃりしたクルトが、満面に素朴な笑みを浮かべてセテとレトの肩をつついた。
 レトは肩をすくめて、
「まぁな、ロクランはほんとに都会だよ。かわいい女の子がいっぱいいたし」
 セテはレトに向かって顔をしかめて見せ、それからふたりの幼なじみに向き直り、
「まさかお前らふたりもアジェンタス騎士団に入団してたとは思わなかったよ」
「こんな田舎じゃ、俺らみたいな剣術バカはアジェンタス騎士団くらいしか働き口がないのさ。ま、なんにせよこれからもよろしくな」
 四人は互いに手を差し出し、握手をかわそうとした。が、そのとき
「おいおい、学生の同窓会じゃないんだぞ、お前ら。まだ学生気分が抜けていないようだな」
 野太い声に、幼なじみの握手は中断された。セテが声のする方向をにらみつけると、骨太でがっしりした大柄な男が立っていた。えんじ色の騎士団の制服の襟元に光るバッジから察するに、騎士団の中でも部下を統括する地位にある男であろう。男はセテを一瞥すると鼻を鳴らし、
「ふん、貴様が中央特務執行庁から来たというトスキか。入庁早々に出向命令とはな、どうだ、左遷された気分は」
 セテが顔を上気させて男に近づく。レトはセテの腕を引き、顔色をうかがった。また彼が馬鹿なまねをしないかどうか気が気ではないようだ。セテは顎をあげて男の顔をまっすぐに睨み付けた。男は愉快でたまらないといったようなゆがんだ笑みを浮かべ、
「男にしておくのはもったいないくらいの美人だな」
 その一言でセテが男につかみかかりそうになるのを、レトは後ろから羽交い締めにして必死で制止しなければならなかった。男はセテが怒り狂うのが楽しくてしかたがないといった表情をして肩をすくめると、
「すまんな、からかっただけだ。何もそんなに怒らなくてもいいだろう」
 セテはレトの両腕を振り払い、服を正して男に向き直った。男は見下したような表情で鋭い一瞥をセテにくれると、
「俺はスナイプス。アジェンタス騎士団統括隊長だ。貴様がどんなにすごい腕を持っているか知らんが、ここの規則に従ってもらう。せいぜいカマ掘られないように気をつけろよ。おい! そこの! もっと気合い入れてやれ! そんなへっぴり腰じゃあの世行きだぞ!」
 スナイプスは向こう側で訓練をしている部下に激しい檄をとばしながら、のしのしと歩いていった。セテなどすでに眼中にないかのように。セテは腰の飛影を抜き、手近の小枝をひと払いして悔しさを紛らわそうとするが、気は晴れるどころかますます腹が立ってくる。ありったけの口汚い言葉で毒づき、手持ちの悪口雑言がつきると、最後に「くそっ」と悪態をついて前髪を掻きあげた。
「……あいつ、めちゃめちゃ評判悪いぜ。鬼の統括隊長ってんで悪名高いんだけど、確かに腕は立つらしい」
 オラリーがぽそりと言ったが、セテの怒りに燃えるすさまじい目に睨まれてその先に続く言葉をつくんだ。
「……野郎……人を小馬鹿にしやがって……!」
 セテは前髪をぐしゃぐしゃとかき回し、飛影を鞘におさめた。
「ま、まぁ気にすんなよ。俺たちは俺たちでマイペースにいこうよ」
 レトはセテの肩をポンとたたくが、セテはレトを睨み付け、
「てゆーかあの野郎、レイザークに超そっくりで、なんかまたあのクソオヤジに馬鹿にされたような気分になってすっげー腹立つ!」
 レトは気が抜けたような気がして胸をなでおろす。顔はまったく似ていないが、背格好とか話し方がレイザークを思い出させる。まあなんにせよ、直属の上司に暴力を振るうような事態に発展しなくてよかったという感じだ。
「あいつにだけは目を付けられたくないって、さっき先輩たちが噂してたからなぁ。セテも気をつけろよ」
 良くも悪くも、お前はただでさえ目立つんだからな、とレトは心の中で付け加えた。






 アジェンタス騎士団の朝は早い。新入団者は三ヶ月は訓練や講義などの見習い期間が設けられるが、まず朝食前にみっちり二時間は剣の鍛錬。体を温めるには十分すぎるほどの運動のあとにたっぷりの朝食を済ませると、今度は組み手など、素手による格闘技の訓練、その後犯罪心理学などの講義が続き、昼食を挟む。午後は再び剣の鍛錬が続くが、実習もたまにプログラムに組み込まれており、実際に騎士団としての任務が課せられることもある。夕食の前に二時間の講義。夕食がすむと、就寝時間までは自由時間。ただし、剣の鍛錬や自習が推奨されている。
 アジェンタス騎士団長ガラハド提督は、いつものように執務室でコーヒーの香りを楽しみながら、今年度入団を果たした新米剣士たちのデータに目を通していた。
 ガラハドの後ろになでつけたロマンスグレーの髪と同じ色の口ひげが、育ちのよい、上品な印象を与えていた。また、顔にはこれまでの実戦での経験を物語る浅い皺が刻まれているが、実践を離れてもなお威風堂々とした剣士の風格を損なうことはない。
 ガラハド提督はコーヒーを一口すすりながら、ファイルをめくりひとり笑いをする。
「ラファエラが手放したがらないわけだ」
 それからガラハドはファイルを閉じ、ゆっくりとコーヒーの味を楽しむ。執務室の窓の外からは騎士たちが剣の鍛錬で激しくぶつかりあう音が響いていた。
「中央特務執行庁に入って早々出向命令とは、どんな問題児がくると思っていたが。じっくりお手並み拝見といこう」






 集団自殺という悲惨な事件の知らせが入ったのは、その日の夕方近くのことであった。鍛錬が中断され、訓練生たちも応援に駆り出されることになったのだった。
 訓練生たちは先輩の騎士たちとともにいくつかの班に分けられ、統括隊長スナイプスの指示に従うこととなった。
 スナイプス率いるアジェンタス騎士団の一行は、アジェンタスの中でももっとも辺鄙な片田舎に位置するドゥセリーという町に入った。年寄りしかいない人気のない寂しい町で、しかも貧しい。そのドゥセリーのさらに北に位置する、なかば倒壊しかけた廃寺で、くだんの集団自殺が発生したのだった。
 ロイギルの時代に栄華を極めたであろうその寺院は、誰訪れることなく苔むし、崩れ落ちて見るも無惨な屍をさらしていた。もう何百年も人の訪れたことのないこの廃寺に、最近になって大勢の人間が訪れていることが近くの年寄りの話から分かった。しかも、全員見たこともない顔ぶれで、いったいどこからやってくるのか、老若男女問わず常に何百人もの人間がこの廃寺に入ってゆき、そして何日も出てこなかったという。
 セテたち訓練生も先発隊に続いて廃寺に到着し、現場に足を踏み入れることとなった。セテとレトは寺院の暗い廊下を歩きながら、この胸の悪くなる臭いは何だろうと首を傾げた。だが、現場に到着したとたんにその疑問はすぐに明らかになった。
 百人は下らないであろうかつて人間であったものが横たわる広間。血と肉が散乱し、腐敗しかけた肉のかたまりがはなつ死臭が、あたりのかびくさい空気を蹂躙していた。広間に入ったとたんに吸い込んだ鼻が曲がりそうなほどの死者の臭いに、訓練生たちは即座に吐き気を催し、廊下にかけだした。ほとんどの者が胃の中のものをすべて吐き出してしまい、そしてセテとレトも決して例外ではなかった。
「だらしないぞ、貴様ら。はやくこっちへ来い!」
 広間の奥からスナイプス隊長の怒鳴る声が聞こえてきたので、訓練生たちは吐くものをすべて出しきってしまってもなおねじれる胃をさすりながら、おそるおそる広間に足を踏み入れた。
 セテは足下に転がる腐敗した肉のかたまりをなるべく見ないようにしながら、スナイプスの顔だけを頼りに足を前に出して歩くことに専念した。全員が集合したところで、スナイプスは訓練生ひとりひとりの顔を睨み付けながら言った。
「どうだ、ガキども。戦場はこんなもんじゃないぞ、今のうちに慣れておくことだな」
 それからスナイプスはそばにある死体に横にかがみ込み、うつぶせになっているそれをひっくり返した。そのとたん、体内にたまっていた腐敗ガスのために膨らんでいた死体の腹が破け、血と腐った肉が溶けて混ざり合ったどろどろの体液が飛び散り、スナイプスは顔をしかめた。当然、これを見ていた訓練生たちは再び吐き気と戦うことになったのだが。
「よく見ろ、ガキども。ここに刃物でかき切った跡がある。全員がこの刃物で自分の首を突き刺してあの世に行ったというわけだ」
 スナイプスは、落ちていたナイフをつかみ、それで死体の首のあたりを指し示した。
「百人もの人間が何のためらいもなく、だ」
 スナイプスはそれから壇上にあがり、訓練生たちに顎でついてくるように指示した。壇上にあがると、その床には大きな魔法陣が描かれていた。周囲に神聖文字が描かれ、中央にはまた円、そのなかに、M字とV字とが組み合わさったような不思議な図案であった。
「この記号がなんだか分かるヤツ、いるか」
 スナイプスは訓練生たちの顔を見回して問いかけた。全員が首をかしげるだけだったので、スナイプスは舌打ちすると、
「何も知らないんだな、役立たずどもが。いいか、よく覚えておけよ。これは救世主の紋章だ。正式にはイーシュ・ラミナの紋章だが、汎大陸戦争以後は救世主はこれを好んで術法に使っていた。したがって、ここで死んだ馬鹿野郎どもがどういうつもりだったかは分からんが、ここでは救世主を崇めるなんかしらの邪悪な儀式が催されていたというわけだ」
 救世主という言葉を聞いて、セテは我に返る。そういえば大昔、浮遊大陸で死霊を片づけるためにレオンハルトが放った術法も、この紋章を印代わりに結ぶものだったはずだ。だがあれは聖なる属性の術法を発動するものだったし、この事件のような狂信的な宗教集団がその印を使えるとは思えない。
「救世主の紋章をこんな狂信的な宗教集団が術に使えるとはとうてい思えないのですが」
 セテは手を挙げてそう発言すると、スナイプスはため息をつき、
「いい質問だ。貴様の足りない頭にもよく分かるように説明してやるからよく聞いていろ」
 セテは腹が立つのを、頭の中で数字をカウントすることでかろうじて抑えた。
「救世主の力はなにも聖や光に属するだけではない。闇にも属する絶大な暗黒の力をふるうことができた。いわばすべての属性に通じる力をもっていたわけだ。こいつらはおそらく、救世主の不死身の魂や万物に通じる力にあこがれて、それを崇め、あやかりたいと考えていたんだろう。ところが、救世主が倒れてすでに二百年以上も経つが、いっこうに復活のきざしは見えない。もちろん、この紋章を使った儀式を行っても奇跡など起きはしない。それなら自分たちの魂をささげて救世主に復活願おうとした、ってなところだろうな。頭の足りない小市民の考えそうなことだ」
 まったく迷惑だといわんばかりに、スナイプスは大げさに肩をすくめて見せた。
「まぁとにかく、アホどもの宗教や自殺の原因についてはあとでいくらでも調べられるからな。貴様らのやることは、この肉の塊たちを外に運び出して、ここをきれいにするってこった。三班に分かれて手分けして作業をしろ。分かったらとっとと仕事に取りかかれ」
 結局、セテたち訓練生は腐った肉の塊とじゃれあうこととなり、肉がこそげ落ちたり腹が破裂するたびに吐き気を催して涙することとなったのだった。






 その日は作業が終わってすぐ宿舎に戻り、全員が皮膚が赤くなるほど体を洗ったのだったが、腐敗臭がとれないような気がして食事もろくにのどを通らないといった始末であった。
「……なんか……俺めげそう……」
 就寝前にリラクゼーションルームでレトがこぼした。セテも腐った肉の塊を思い出すたびに、こみ上げてくる吐き気をこらえるのに必死だ。スナイプスの口調はいちいち腹が立つが、実際に自分たちが戦争を経験したことも、真剣で人を殺したこともないのだから、軽んじられるのも当然と思った。が、やはり腹立たしいものは腹立たしい。
「見てろよ、あのクソオヤジ。ぜってー見返してやる!」
 夕食が食べられなかった代わりに作ってもらった栄養ドリンクを一気飲みすると、セテは低い声でそう言った。それから、ドリンクの入っていた紙コップを捨てに廊下に出ると、三人の騎士が立ち話をしているのが見えた。セテの姿が見えると彼らはぴたりと話すのをやめ、セテが通り過ぎていくのを見守っている。
(またいつもの冷やかしだな。うざってー)
 セテはそう思いながら給湯室の中のゴミ箱に紙コップを投げ入れ、廊下に出ようとした。と、あの三人が目の前に立ちふさがっていた。
「……どいてください」
 セテはすごみのある声でそう言ったが、三人の騎士はへらへら笑っていっこうに入り口を開けようとしない。セテはため息をついて無理矢理三人の間をすり抜けようとしたが、そのうちのひとりに肩をつかまれ、正面にむき直させられた。
「お前が中央特務執行庁から来たトスキとかいう坊やか。ウワサは聞いてるぜ」
「そりゃどうも」
 セテはぶっきらぼうにそう言うと、自分の肩をつかんでいる腕を振り払おうとした。しかし、さらに強く肩をつかまれ、セテは顔をしかめた。
「トップレベルの成績だってな。たいしたもんだよ」
「どうも」
 どうせまた「かわいい」だの「女みたい」だのお決まりの台詞でからかったり冷やかしたりするのが目的なんだろう。ここは熱くなったら負けだ。
「確かに女みたいだよな。俺だってクラクラきちゃうぜ」
 耐えろ! 耐えるんだ! 俺!
「そんな怖い顔するなよ。かわいい顔が台無しだぜ?」
 セテは男の手を振り払い、廊下に飛び出した。騎士たちはまだへらへら笑ったまま、セテを値踏みするような目つきで眺めていた。男のひとりが鼻を鳴らし、
「中央特務執行庁でカマ掘られて逃げ出してきたか?」
 セテはその一言で足を止める。騎士たちはげらげら笑いだし、足を止めたセテの反応を楽しんでいる。
「……俺を男娼と一緒にするな!」
 セテが彼らを睨み付けてそう言ったが、三人はますます愉快といわんばかりに笑い出し、
「かまかけてみただけなんだけどさぁ、つまりそういうわけね。その顔で客をとったことがないなんて言うなよ、トスキちゃん。お前みたいな女顔は公衆便所くらいの利用価値しかないだろ。せいぜいケツ振って上に取り入るんだな」
 次の瞬間に、セテは騎士たちにつかみかかっていた。騒ぎを聞きつけてレトも駆けつけ、ギャラリーの見守る中、セテは三人の顔面にそれぞれ強烈なパンチをお見舞いしているところだった。
「やめろ! バカ! いいからやめろって!!」
 レトはセテを三人からひきはがそうと必死でもがくが、セテに振り払われ、とても制止できたものではなかった。
「野郎! ぶった切ってやる!!」
 セテは腰の飛影を抜こうとするが、そのとき、
「貴様ら何をやっている!!」
 鬼の統括隊長スナイプスの鶴の一声であたりは静まり返った。ギャラリーの面々は道をあけ、後ろの方からスナイプスが姿を現した。
「どういうことだか説明しろ」
 スナイプスは三人の騎士を睨み付け、それからセテに一瞥をくれたが、腰の剣に手をかけているのを見て、いきなりセテの横っ面をはり倒した。
「馬鹿野郎! 仲間に剣を抜こうとするとはいったいどういう了見だ! 戦場で味方に後ろから刺されるようなことになってもいいのか!!」
 それからスナイプスは三人に近寄り、尋ねる。無表情なのが空恐ろしい。
「何が原因だ」
 熊のような隊長に睨まれた三人は、顔を見合わせながらバツの悪そうな表情で口をつぐんでいる。
「……おおかたセテの顔のこととかでイチャモンつけたんだろ」
 レトがセテの横で吐き捨てるようにそう言うと、スナイプスはおもしろい、といった表情をして、
「ほぉ、そうか。貴様ら男に欲情するほど欲求不満なのか。それとも童貞なのか。なんだったら俺が相手してやるぞ?」
 スナイプスの下品な一言でギャラリーが沸いた。それからスナイプスは三人の騎士たちに身振りで下がるように合図し、ギャラリーも解散させた。セテだけが残され、レトもセテを心配してその場に残っていた。スナイプスはセテの腫れ上がった顔を覗き込み、おもしろくなさそうに鼻を鳴らした。
「ふん、見事な化粧をしてもらったな」
 それからセテの腰につるしてある剣を見下ろしながら、
「どんな理由があるにせよ、味方に剣を振るうことは許さん。たとえ相手がどんな豚野郎でもだ。戦場で味方に後ろから斬られるなんてことはよくあることだが、生き延びたいなら味方の信用を勝ち取れ。でないと戦争のどさくさで味方に殺されるぞ」
 セテは黙って頷き、頭を垂れた。
「それから、ガキじゃないんだからちょっとからかわれたくらいでカッとなるな。実際の戦闘では相手の挑発なんぞお約束だ。そんなんで頭に来ていたら命がいくらあっても足りんぞ。余計なプライドは捨てろ。出向命令ってことで腐っているのかも知れんが、俺はどんな剣士も自分の部下として対等に扱う。中央特務執行庁だろうがなんだろうが、ここでは俺の部下として働いてもらうからそのことを忘れるな」
 セテは弱々しく返事をし、レトもため息をついた。スナイプスは腰に手を当てたままセテを見下ろして、
「罰としてこれから一ヶ月間、夜間の歩哨に立ってもらう。元気が有り余ってるようだからな。それから、明日から夕食のあと、歩哨に立つ前に訓練場に来い」
 セテは顔を上げ、スナイプスの表情を伺った。スナイプスは強面にゆがんだ笑みを浮かべているだけだ。セテがきょとんとしているのを見て、いまいましそうにため息をつくと、
「まだ分からんのか。剣の稽古をつけてやるって言ってるんだ。悪いが少なくとも俺はお前に期待しているんだぞ、トスキ。ここでの戦い方をみっちりたたきこんでやる」

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