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[つれづれコラム]

高価なソフトは必要ですか?

 以前パソコン関連の雑誌編集をやっていたとき、Webサイトを作る初心者向けの記事を担当していたことがあります。読者のコーナーも担当していたのですが、そのとき、ある読者からこんなはがきをいただいたことがありました。
「私は将来Webデザイナーになりたいと思っています。やっぱりプロになるにはPhotoshopやIllustrator、Fireworksのようなソフトを買ったほうがいいのでしょうか」
 読者のコーナーでこの投稿はすぐに採用しようと思いました。これを読んだとき、私はすでにコメント文になんて書こうか思いついたんです。
 答えは「ノー」です。
 そりゃもちろん雑誌ですから、有名な高機能ソフトが発表されれば、そのソフトの新機能を含めたレビュー記事を特集します。この雑誌もWebに特化した機能を持つこれらのソフトをレビューしたわけですし、また有名なWebデザイナーたちのインタビューなどでも、彼らが使っているソフトがどういうものか(もちろんPhotoshopなどを使っています)を掲載しますから、まだ年若いこの読者がそう考えるのは無理もないことだろうと思っていました。でも本当にそうでしょうか。高価なソフトは、本当に必要でしょうか。

 私は前の会社で、いやというほどPhotoshopやIllustratorを使ってきました。また、このほかにもさまざまなプロ向けの高価なソフトを使ってきました。新製品が出るたびにメーカーさんが貸してくれたり、プレゼントしてくれることもありました。会社を辞めてフリーになったいまも、仕事でこれらのソフトを手放せないために実費で購入し、使い続けています。
 これらの高価なツールを使う理由は、大きく分けてふたつあります。

 ひとつは、まずそのソフトがその分野におけるデファクトスタンダード(事実上の標準)であるからという理由です。
 例えばPhotoshopを例に取ってみましょう。Photoshopは元々、お絵かきをするツールではありません。日本ではPhotoshopはペイントソフトとしての位置づけが強いようですが、海外ではペイントソフトとして使われることはほとんどないようです。Photoshopというソフト名から見ればおわかりのとおり、「写真屋」、つまりこのソフトは元々画像ファイルのレタッチ(修正)をメインにしたソフトです。
 私が前に勤めていた会社の作業をメインにお話ししていきましょう。DTP(デスクトップパブリッシング)と呼ばれる、パソコンを使った入稿作業で書籍を作っていました。印刷所に入稿する際には、パソコンの画面キャプチャーや巨大なイラストファイル、写真画像を、印刷物用のフォーマットの変換しなければなりません。通常これらの画像はBMPやPICTと呼ばれるビットマップファイルなのですが、これらはRGB、つまり赤、緑、青の三色で構成される画像です。パソコンの画像はすべてRGBになっています。ところが印刷物はCMYK、つまりシアン(水色)、マゼンタ(赤に近いピンク)、イエロー、ブラックの4色で刷られるため、RGBの画像をCMYKの、それもEPSと呼ばれるフォーマットに変換しなければなりません。
 Photoshopはさまざまな画像フォーマットに対応しており、そして印刷所からはPhotoshopのEPSファイルが推奨されていました。印刷所ではオペレーターがPhotoshopを使っているので、印刷所と同じ環境に合わせる必要があったのです。ほかにもEPSに対応したグラフィックソフトはあることにはあるのですが、印刷に必要なパラメータを持つEPS書き出しを行えるのは、私が知る限りではPhotoshopだけです。
 そしてただCMYKのEPSに変換するだけではありません。RGBからCMYKにカラーモードを変換することで、色が大幅に変わってしまうこともありました。これらを、さまざまなパラメータをいじって修正したり、ときには一部だけを選択して完全に塗り直したりすることもあります。眠い(ぼやけているような)画像はフィルタをかけて鮮明にし、リサイズしたり解像度を変えたりした細かい作業を経て、最終的にEPSに変換します。こうした作業も、印刷クオリティに仕上げるためには当たり前の作業で、しかも当たり前にできるのがPhotoshopだったというわけです。

 そしてもうひとつの理由が、これらのソフトを使うことで作業効率が大幅にアップすることです。
 実は私は、Photoshop2.0の時代からPhotoshopを使ってきました。レイヤーのないPhotoshopなんて信じられないとは思いますが、2.0までは本当に高機能なただのレタッチソフトといった感じでした。3.0からレイヤーをサポートし、4.0からはアクションと呼ばれるバッチ処理に対応し、5.0からはWebに特化した機能が追加されるというように、Photoshopはバージョンアップのたびに便利な機能が追加されてきました。2.0ではとうていできなかったことが、いまのバージョンでは当たり前になっているわけです。その機能がない場合は別のアプリケーションと組み合わせて使ったり、1から20までもある手順を踏んでやっと作業が完了するといった面倒くさい過程を経ることもありました。
 別のアプリケーションと組み合わせて使うというのは、かなり面倒くさいです。あるアプリケーションで画像を処理し、それをいったんビットマップに保存し、それからPhotoshopに持っていき編集、上書き保存、それからまた違うアプリケーションに戻って編集して上書き保存、これの繰り返しです。ですがバージョンアップするにつれて、それらの手順がすべてPhotoshopの中で完結できるようになっただけでなく、さらにこれまでPhotoshop内でも煩雑な手順を踏んでしかできなかった画像編集が、フィルタ一発、アクション一発で簡単にできるようになったわけです。これまでの作業時間を考えれば、どれだけの時間が節約されたことでしょうか。
 また、私たちの作業でとても手放せない機能がありました。前述したように、4.0のバージョンから搭載されたアクションという自動処理機能です。自動処理に関しては、MacintoshではAppleスクリプトという自動処理スクリプトを記述することである程度アプリケーションでの操作を自動化することが可能でした。しかし、確か私の記憶が正しければPhotoshop3.0はデフォルトのAppleスクリプトに対応しておらず、市販されているスクリプト拡張専用の機能拡張書類をインストールしなければなりませんでした。それでも、Photoshopの中の細かい作業部分についてこられないために、いちいち手作業で行う必要がありました。
 手作業といってもたいへんなものです。デザイナーからあがってきたイラストファイルや写真画像など、二千点近い元ファイルを、GIF、JPEG、PICT、BMP、EPSなどなど、最大で5種類の画像フォーマットに変換し直したり、リサイズをかけたりしなければならないことがありました。それこそ4〜5人でフォルダ担当を分け、二昼夜くらいかけてチキチキと自力で「カラーモードの変換→別名で保存」を延々と気が狂うくらいまで繰り返していたこともあります。
 ところが、4.0でアクションという機能が搭載されたことにより、この作業時間が大幅に縮小されます。Photoshopの中で、カラーモード変換やフォーマットを変更して別名で保存、縦横比固定のリサイズ、解像度変換などといった単調な作業を、アクションというファイルに保存して自動で処理させることができるようになったからです。もちろんマシンスペックがいまのように高速ではなかったので、4台くらいのマシンをファイルサーバー経由でフォルダ分担させて同時に走らせ、4〜5時間は作業させなければなりませんでしたが、それのおかげで担当者はその間、仮眠を取ることができますし、作業全体のスケジュールの短縮に成功しました。
 高機能なこれらのソフトを使うには、それなりの手放せない理由があったのです。

 バージョン5.0、特に5.5以降のPhotoshopは、Webグラフィックに特化したさまざまな機能が強化されてきました。ボタンのような画像を一発で作ることができますし、アニメーションGIFも、一枚のビットマップをスライスしてHTMLに書き出すのも、さらにマウスカーソルが特定の画像の上に乗ったときに色が変わるといったロールオーバーアクションまでもが簡単に書き出せるようになりました。とても便利で、私も仕事で使うときにたいへん重宝しています。
 だったら俺もPhotoshopを買って使ってみたい! 当然そう考えるでしょうが、その前にちょっと考えてみてください。
 Photoshopが高いのは、ほとんどが開発費とパテント料(特許使用料)です。とくにさまざまなフィルタやファイルフォーマット書き出し機能を搭載しているからには、おそらくパテント料はものすごい金額だと思います(GIF89aで話題のLZWアルゴリズムに関しては、おそらくUNISYSに相当な金額を支払っていることでしょう)。以前は13万円くらいしたものがいまでは9万なんぼで買えますから、多少はお買い得になってはいますけれども、とても高価で、個人でちょっと買うというわけにはいかないでしょう。素直にアドビさんを儲けさせてしまうのはちょっと悔しくはありませんか。私はこうした仕事をしていなければ、個人でPhotoshopを買うなんてことは絶対にしないでしょう。
 こう考えてみませんか。Photoshopのその機能は、本当に自分に必要なものかどうか、ほかに似たような機能を持つソフトを持っていないかどうか、持っていなくても、似たような廉価なソフトを購入したほうがいいのではないか。Photoshopのパテント料と開発費を上乗せしたような値段を支払って、その値段分の元が取れるくらいに使い倒す自信があるのならいいかもしれませんが、実はプロでもPhotoshopの全機能を使い倒せる人はいないのです。
 私はPhotoshopを購入する前でもWebサイトを持っていました。3DCGソフトの廉価版や安っぽいおまけでついてくるようなお絵かきソフトで絵を描いて、それをGIFやJPEGに変換したり、リサイズしたり、アニメーションGIFにしたり、透過させたりする機能を持ったさまざまなフリーウェア、シェアウェアを組み合わせて、それこそふうふう言いながら画像を作ったことがあります。ロゴデザインやレイアウトの本を買ってきて、Photoshopではこういうことができるけど、自分の持っているこのソフトで似たようなことができないかな、そんなことを考えながら試行錯誤しつつ、似たような効果を加えて画像を完成させることもありました。そりゃ、見栄えは断然Photoshopで作ったほうがきれいでしたけど、それなりに、素人が作るわりには上手にできたもんだと自負していました。
 つまり、あなたの持っているそのソフトで似たようなことができるならば、それを使い倒すことを考えませんかという話ですね。自分のソフトで何ができるのか、何ができないのかマニュアルを熟読して、もちろんチュートリアルをやってみて、それからそのソフトを使っているユーザーが全世界にたくさんいるはずですから、どんなふうに使っているのか検索エンジンで捜して、そのソフトのすべてを把握することのほうが先決のような気がします。
「Photoshopを買えばもっときれいにできるような気がする」という幻想を抱く人も多いようですが、それは間違いではないでしょうか。「Photoshopのようなことはできないけれども、このソフトならこういうふうな手順を踏めば、似たようなことができる」そういうふうに考えてみませんか。Photoshopの購入は、そのあとでも十分検討できるはずです。

 このサイト、特に5章の「こんなによくなる画像の扱い」において私は、Photoshopを使った画像の処理について言及してきました。ですから、これを読んだみなさんは「なんだよ、樋渡、お前はアドビの回し者か」とか「俺たちにPhotoshopを買えと言ってるのかよ。貧乏人はきれいなWebを作るなってことかよ」と思うかもしれません。
 それは違います。このサイトは「こうするともっとよくなるに違いないよ」というヒントを与えるために作ったもので、その画像、あるいはサイトを作るまでの手順を懇切丁寧に記すものではありませんし、Photoshopの使用を推奨するものでもありません。私がPhotoshop以外のソフトをメインで使っていれば、そのソフトで5章のキャプチャーと説明をしたはずです。ここでは「こんなふうにすると見栄えがよくなるよ。だからあなたもこういうふうにできるかどうか、自分でやってみてくださいな」という例をあげたまで、そこに至る手順はソフトによってまちまちです。お手本を参考にして自分なりにアレンジし、自分のソフトでどう料理するか、それをこのサイトではみなさんに考えてほしかったのです。

 さて、冒頭の読者からのはがきに対して、私はどのような答えをしたかというと、こんなことを書きました。
「確かにプロの世界ではPhotoshopやIllustratorを使っている人がほとんどです。また、専門学校などのWebデザインの講座では、必ずこれらのソフトを使っています。しかしそこで教えるのはあくまでもソフトウェアの使い方であって、Webサイト構築のノウハウやデザインセンスを手取り足取り教えてくれはしないでしょう。パソコンやアプリケーションソフトウェアはただの道具に過ぎません。道具が変わっても、プロはプロなりのテクニックを披露するはずです。高価なソフトを使わなくてもすばらしい作品を作れる人はたくさんいますし、逆にどんなソフトを使っても納得がいかなくて悩み続ける人もいるでしょう。重要なのはその道具を使ってなにをしたいか、なにを表現するかです。高価な道具を使おうが使うまいが自分なりの味を出していくのが、おそらくプロへの第一歩だと思います。編集部一同、○○さんがプロになってこの雑誌に登場することを願っています。がんばってくださいね」。


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